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ただ自転車通勤のためでなく 

速くなくてもいい、ただ遠くへ行きたい! 自転車ツーリングをこよなく愛する男のブログです。

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ニュージーランド長期ツーリング<69日目 ニュージーランド滞在最後の日 & 70日目 帰国編>

さよならニュージーランド
さよならニュージーランド

(写真をクリックすると拡大画像をご覧いただけます。)
(この日記は2011年1月1日のレポートです。)
目が覚めたのは7時半頃だった。2011年になって初めての朝をここニュージーランドで迎えた。いよいよ日本に帰る日が来てしまったのだ…。まだまだ旅を続けていたかったし、その気になれば飛行機は3カ月のオープンチケットだから1月の第3週目まで帰国を伸ばすこともできたのだが、出国前から予定を変更するつもりはなかった。ズルズルと伸ばすよりは1月1日に帰る方がキリが良いので(本当は大晦日に帰ろうと思ったのだが、10月中旬にH.I.S.に行った時点ですでに満席だった)、気持ちも切り替えやすいだろうと思っていた。

キッチンに行くと、昨日の午後にオーナーのノリコさんや息子さんの奥さん達がリーダーになって長期滞在者の皆さん達と一緒にお餅の用意をされていたお雑煮はまだ出来ていないようだった。朝まで起きていてまだ寝ている宿泊者が多いため、お昼に振る舞うようだ。僕はそれまでに自分の残りの食材を片付けることにしよう。ニュージーランド中どこにでも売っている缶入りシチューが2缶残っていた。温めるだけだから簡単だし、美味しくて栄養バランスも良いので、この旅の間中、何度も何度もお世話になった食事だった。


お雑煮はお昼だと思って先にシチューを2缶食べてすっかりお腹いっぱいになっていたら、ノリコさんが「もう起きてる人もいるから」と言って雑煮を作って出してくれた。「あ、いえ、僕はお昼でいいです」と言う間もなく出されたので食べるしかなかったが、ニュージーランドで食べる雑煮は別腹だ(笑)。杵でついたわけでも餅つき機でついたわけでもなく、餅米をただ柔らかく炊いて手でこねていただけにも見えたお餅は、日本で食べるお餅とはかなり食感が違い、コシがほとんどなかった。でもそんなことはどうでもいい。ここニュージーランドで、日本人経営のバックパッカーズ・ホステル「キーウィ・ハウス」が、大晦日と元旦に宿泊者全員に年越しそばとお雑煮を振る舞っておられることに意義がある。年越しそばも雑煮も本当に美味しかったです。ごちそうさまでした!

<キーウィ・ハウスのオーナー、ノリコさんのブログはこちら>

朝食後、宿の前で自転車をバラして段ボール箱に入れ、受付に頼んで「スーパーシャトル」を予約してもらった。これはチヒロから教えてもらったマイクロバスの乗り合いタクシーみたいなもので、トレーラーを引いているので自転車入りの大きな段ボール箱でも十分積めるという。16時45分に宿の前まで迎えに来て、空港まで送ってくれることになった。日本だと自転車入りの大きな段ボール箱なんて自分で用意した車で持って行くか、前日までに宅急便で発送するしかないんじゃないだろうか。僕がニュージーランドに来る時には大阪市北区の自宅から関空まで3,600円くらい払って宅急便で送ったが(関空内にある宅配サービス会社に予約する)、今回は26NZD(約1,650円)で僕と段ボール箱の両方を空港まで運んでくれる。ニュージーランドはこういうところが本当に便利で良い。また、宿の方も本当なら10時にチェックアウトしないといけないのだが、この宿は6泊するより7泊する方がウィークリー割引があって安いので、僕は6泊しかしないのに7泊の料金を払わせてもらっていたため(その方が安いわけだから)、出発直前まで部屋にいてもOKとの許可も得ていた(なんて良心的なんだろう)。


自転車と荷物をどうやって空港まで運ぶかという問題が無事片付いた後は、町に出て昼ごはんを食べることにした。クリスマスほどではないだろうが、元日のクライストチャーチは休みの店もけっこう多かった。大聖堂の前にWi-Fi無料のバーレストランがあったのでそこに入り、ニュージーランド滞在最後の日には絶対食べようと思っていた「フィッシュ&チップス」(14NZD)とビールを注文した。フィッシュ&チップスはニュージーランド中どこにでも店がある、この国で最も代表的な料理なのだが、僕は今まで一度も食べていなかった。理由はただひとつ、僕は魚のフライが大嫌いだからだ(笑)。まあ食べられないというほど嫌いではないのだが、日頃僕が焼き魚と刺身以外の魚料理を自分のお金で食べることは、フライに限らずめったにない。でも最後の日だけは、このニュージーランドを代表する料理を記念に食べて帰るつもりだった。


15分ほど待ってフィッシュ&チップスが登場した。すごいボリュームだったが、なにせ魚のフライが大嫌いな上に朝ごはんを食べすぎてお腹がまだ減っていなかったので、まったくうれしくなかった。白状してしまえば、僕はただ写真が撮りたかっただけなのだ(笑)。けっきょく、大嫌いな白身魚のフライ=「フィッシュ」は残さず食べたものの、ポテトフライ=「チップス」は全部食べきれずに残すことになった。でもとりあえずニュージーランドの代表料理を食べたので、もうこれで食べ物に関しては思い残すことはなくなった。


昼食後、また大聖堂前のネットカフェ…じゃなかった、ただネットができるだけの店に行って、昨夜撮った年越しイベントの動画をYouTubeにアップし始めた。しかし、昨夜はiPhoneではなくデジカメで動画を撮っていて、僕のデジカメの動画はMPEG4じゃないので容量が大きく、400MB以上もあった。おまけにニュージーランドのネット環境は日本よりも遅いので、アップロードにはおもいっきり時間がかかってしまい、YouTubeにアップした動画をブログに貼り付けて更新し終わった頃には、もう16時になってしまっていた。スーパーシャトルが迎えに来るのは16時45分だが、「いちおう16時半頃から前の道路で待っててくださいね」と言われていたので、大急ぎで戻らなくてはならない。キーウィ・ハウスまで歩いて15分はかかるのだ。

キーウィ・ハウスに戻り、部屋から荷物を運び出した頃にはもうダイニングルームに行って他の宿泊者の皆さんに挨拶している時間は無かった。6晩同室だった台湾人君も珍しく部屋にいなかったので挨拶できなかった。仕方なく受付にいたノリコさんの息子さん(この宿のマネージャー)だけに挨拶して、段ボール箱とスーツケースを宿の前の道路まで運びだした。

シャトルバスを待っていると、せめてこの人だけには挨拶しておきたかったと思っていたアキオさんが、向こうからわざわざ見送りに出てきてくれたのでうれしかった。シャトルバスも時間通りにやって来て、自転車入りの段ボール箱も難なくトレーラーに積むことができたので安心した。アキオさんに御礼を言い(この人がいるのといないのとではキーウィ・ハウスでの僕の居心地は全然違っていたと思う)、よく太ったタフそうな女性ドライバーが運転するシャトルバスに乗り込んでクライストチャーチ空港へと向かった。空港ではシャトルバスを降りる場所にカートがあるため、カートに荷物を乗せさえすれば一人でも空港内を歩いて押して行ける(ただし段ボール箱がばかでかいので他の人にぶつからないようかなり神経は使うけど…)。


クライストチャーチ空港から関空への直行便は昨年(2009年)で無くなっているので、今回もオークランド空港を経由しなくてはならない。国内線も国際線もニュージーランド航空を使うので荷物検査はクライストチャーチ空港の1回だけで済むが、問題は荷物の重さだった。来る時から重量制限いっぱいだったスーツケースは、お土産や自分用に買った物でさらに重たくなり、重量制限の23kgを1.5kgオーバーしていた。そのため係員の男性が「スーツケースの中身を1.5kgだけ自転車の箱に移し替えてくれ」と言ったみたいなのだが、僕は「1.5kgだけ」「1.5kg以上」と勘違いして荷物を移しすぎてしまい(ちなみに10月にNZ航空大阪支店に問い合わせた時は自転車の箱には自転車だけしか入れるなと言われてかなり困ったのだけど)、今度は自転車の箱が2kgオーバーの25kgになってしまった(笑)。自転車の箱は最初は21.5kgだったので、スーツケースと段ボール箱の両方を23kgずつにするために、彼は「1.5kgだけ」と僕に指示したのだ。

25kgになってしまったのを見て「やれやれ」という感じでため息をついた彼は、「これ、中身は自転車だよね。僕も自転車乗りなんだ。だから内緒だよ」と言って、23kgのシールを貼ってくれた。さらに「マウンテンバイクかい? 僕もマウンテンバイクなんだ。ニュージーランド中を自転車で旅してたの? 楽しい旅だった?」といろいろ尋ねてきて、最後は「ぜひまたニュージーランドに来てくれ」と言って僕に握手まで求めてきた。ニュージーランド人は本当にフレンドリーだし、自転車乗りはみな友達だ。最後に空港職員と握手するとは予想もしていなかった。ありがとう、また来るよ!


クライストチャーチ空港のWi-Fiは30分まで無料だが、その後は1時間7.95NZDと高額! この国のYHAが契約してるWi-Fi会社のGLOBAL GOSSIPなんて24時間で9.95NZDなのに…。国際空港は無料にすべし!


クライストチャーチ空港のショーケースに陳列されている、飛行機の中に持ち込んではいけない物品の中に、よく見るとトランギアのアルコールストーブが入ってるではないか。中にアルコールさえ入れていなければ、どう考えても問題ないのでは?


19時30分の飛行機でオークランドに飛び、1時間ほどでオークランド空港に到着した。関空行きの飛行機の搭乗時間は23時19分となっていた。チヒロが朝から日帰りでシドニーに行っていて(なにせニュージーランド航空のフライトアテンダントなので)、ちょうど20時半にオークランドに戻ってくる予定だったので、到着が遅れなければ最後にもう一度空港内で会うことになっていた。オークランド空港は国内線と国際線の場所が離れているのを僕はすっかり忘れていて、まごまごしてるうちにチヒロを待たせることになってしまったが、とにかく21時半頃には仕事を終えて服を着替えたチヒロと無事に会うことができた。チヒロは今夜はオークランドに泊まるので、カフェバーに入って一緒にビールを飲みながら、この2カ月あまりの話をいろいろしているうちに、ぼちぼち搭乗時間が迫ってきた。


チヒロとハグして別れた後、免税店で残っていた現金30NZDの紙幣をニュージーランドワイン2本に替え(後で数えたら小銭もけっこう残っていたので、今度日本でチヒロに会った時にあげよう)、飛行機に乗る直前、ツイッターにニュージーランドからの最後のツイートをアップした。
「チヒロと別れ、免税店で残った現金30NZDをNZワイン2本に替え、まもなくNZ97便に搭乗して大阪まで約11時間半の空の旅。NZの大地と、この国で出会った多くの人達、チヒロとアンドリューの2人に感謝、感謝、感謝の69日間でした!」


ニュージーランドではそれなりに規則正しい生活をしていたし、飛行機も深夜発なのだから本当は寝たいところなのだが、この長い旅(ニュージーランドだけでなく、その前の北海道と沖縄も含めて)がついに終わってしまったのだと思うと、まったく眠くならなかった。ビデオを見たり、音楽を聴いたり、チヒロの友達の日本人FAのゆりさんがくれた週刊誌や新聞を読みながらほとんど起きていた。寝たのはほんの2時間かそこらだったと思う。

飛行機は日本時間の7時15分頃に関空に無事着陸し、僕はついに日本に帰ってきた。現地滞在69日間は、もちろん僕の人生で最も長い旅行期間だった(できればまたいつかこの記録を破る旅に出たいが、そんな日は本当に来るのだろうか…?) 。空港内からツイッターで帰国の報告をし、宅急便で自転車の箱を送る手配をした後、JR関西空港駅から関空快速に乗った。僕が住む大阪環状線の天満駅まで乗り換えなしで帰れる。電車の窓から見る70日ぶりの日本の景色が新鮮だった。まだ大阪の中ではかなりの田舎エリアだというのに、早くもニュージーランドとはまったく違う人口密度だった(笑)。ニュージーランドの家はほとんど平屋だが、こちらは2階建か高層マンションが当たり前だ。そして羊も牛も、もうどこにもいなかった…。


こうして、2011年1月2日午前10時過ぎに、僕は天神橋5丁目に帰ってきた。長い旅が終わった。そしてこの長い長いニュージーランド旅日記も、ついに最終回を迎えることになった。最初から最後まで読んでくださった熱心な読者の皆さん、長い間のおつきあい、ありがとうございました!

最後の写真が思いっきり手ぶれ…(笑)



ニュージーランドで会った皆さん、素晴らしい思い出をありがとう!
(写真をクリックすると、拡大画像をご覧いただけます。)
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(左)親切にしてくれたホーンビーの自転車屋の店長キースさん
(中)アッシュバートンのキャンプ場でビールを2本飲ませてくれたニュージーランド人サイモン君
(右)乳母車を押して徒歩で10年以上かけて世界一周中のカナダ人、ジャンさん

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(左)テカポ湖畔で会ったニュージーランド人のご家族
(中)プカキ湖畔でキャンプした時一緒になったオランダ人のグリーチェさん夫妻
(右)YHAマウント・クックで2晩同室だった日本人のマサ君とゆりちゃん

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(左)YHAマウント・クックのマネージャー、ジェイソンさん<左>とYHAの重鎮ハリーさん<右>
(中)プカキ湖畔で会った日本人サイクリストのタツローさん
(右)プカキ湖畔で会ったオーストラリア人のロードさん<左>とルーク君<右>

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(左)オマラマのバックパッカーズで仲良くなったオーストリア人のマリー<左>とエラ<右>
(中)標高976mのリンディス峠を激重のトレーラーを牽いて上ってきたカナダ人のルパート君
(右)今回の旅で最も忘れがたい、女自転車一人旅のニュージーランド人、アマンダちゃん!

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(左)調子の悪かったギアを見てもらったクロムウェルの自転車屋のお二人
(中)何度も会ったスペイン人カップルのラファン君とイザベルちゃん
(右)150kmのオール未舗装の自転車道、Otago Central Rail Trailで仲良くなったアッシュ君

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(左)Otago Central Rail Trailでご一緒し、ダニーデンでも再会したオーストラリア人の
おじいちゃんおばあちゃん8人組とその友達のニュージーランド人ご夫婦
(中)Otago Central Rail Trailの3日目にご一緒したニュージーランド在住の日本人女性Mさん
(右)Otago Central Rail Trailを2日で走りきると言っていた熟年アメリカ人サイクリスト3人組

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(左)ミドルマーチで会ったスウェーデン人親子のリッカードさん<47歳>と娘のフリーダちゃん<20歳>
(中)ダニーデンのYHAで同室だったオランダ人のコーネリアスさん。ものすごく優しい人だった。
(右)ダニーデンのYHAで2晩同室だったドイツ人バックパッカーのエヴァちゃん。かわいかった。

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(左)動物の死骸を食べるなどとんでもないサバイバル旅をしていた日本人ワーホリのナラモトさん
(中)クイーンズタウンのYHAで仲良くなった日本人ワーホリのかなえちゃん
(右)超激坂だったクラウンレンジ(標高1000m超)に上ってる時、上から下ってきたカナダ人のロブさん

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(左)クラウンレンジから下ってる時に会ったカナダ人親子のロブさんとクリオールちゃん<12歳>
(中)美しいハウェア湖畔で会ったニュージーランド北島から一人旅のアントニー君
(右)マカローラのキャンプ場で仲良くなったカナダ人カップルのサイクリスト、ロブ&ゾーイ

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(左)ハーストのバックパッカーズで仲良くなった中国人のフィーフィーちゃん<左>とそのお母さん<右>
(中)3箇所で同宿になり、仲良くなったフランス人バックパッカーのヴィンセント君
(右)ホキティカに向かうバスの中で仲良くなった一人旅のアメリカ人バックパッカー、アンシェルちゃん

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(左)グレイマウスに向かう途中で会ったカナダ人夫婦のイアンさんとバーバラさん
(中)何回かに分けて世界一周中だというイギリス人夫婦のロブさんとマリアンヌさん
(右)僕と同じくマウンテンバイクで一人旅のオランダ人女性ネチュラさん

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(左)ウエストポート在住で、ダニーデンに向かう途中だったジョージさん
(中)標高約800mのタカカ・ヒルに上ってる途中で会った地元のマウンテンバイカー2人組
(右)YHAゴールデンベイでエクスチェンジとして滞在中だった日本人ワーホリのアキナさん

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(左)ネルソンで寿司の屋台を営むマレーシア人夫婦。ご主人は日本に10年以上住んだことあり。
(中)ネルソンのYHAで3日連続同室だったイギリス人サイクリストのジャックさん
(右)ネルソンのYHAで会った、ロードバイクで一人旅中のアメリカ人キャロシーちゃん

41.jpg42.jpg子猫
(左)ネルソンからハブロックに向かう途中で会ったオランダ人夫婦のマークさんとコニーさん
(中)サイクリスト歴60年、御年81歳のカナダ人、鉄人ウィリーさん
(右)YHAハブロックに飼われていた、かわいすぎる子猫

37.jpgルーン君メイちゃん
(左)世界一周中のスペイン人サイクリスト、アイドール君。NZではほとんど野宿とか。
(中)ピクトンのバックパッカーズで仲良くなったデンマーク人の単車乗り、ルーン君
(右)ピクトンのバックパッカーズで仲良くなった、日本人の母を持つアメリカ人メイちゃん

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(左)クライストチャーチの日本人経営のバックパッカーズ「キーウィ・ハウス」オーナー、ノリコさん
(中)キーウィ・ハウスで6年間掃除のアルバイトをしている中国人のルーシーちゃん
(右)キーウィ・ハウスで最も親しくなった、長期滞在者の日本人アキオさん

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(左)5月に大阪で2回会い、ニュージーランドでも3回会ったチヒロの友達ケイト
(中)チヒロのパートナーで日本語堪能なベテランツアーガイドのアンドリュー
(右)大学の1年後輩で今は親友、ニュージーランド在住15年以上のチヒロ


ここで紹介しているのは写真を撮らせてもらった方々のみです。マウント・クックのYHAで出会い、その後ブログに何度もコメントを寄せて下さった大阪のご隠居さんや、マウント・クックとダニーデンのYHAで会った名古屋から一人旅の女性コジマさん、YHAネルソンの日本人スタッフのクミさんなどなど、写真は無いけど思い出に残る方々は他にもたくさんおられます。皆さん、ありがとうございました!

羊も牛も忘れちゃいけない。
羊と追いかけっこ牧場牧場羊牧場牛牧場


ニュージーランドで最も有名な湖、レイク・テカポにて
ニュージーランドで最も有名な湖、レイク・テカポにて
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ニュージーランド長期ツーリング<68日目 大晦日のクライストチャーチ編>

ニュージーランドで年越しそば
ニュージーランドで年越しそば

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(この日記は2010年12月31日のレポートです。)
海外で迎える初の大晦日の朝は、6時頃に目が覚めた。ブログの日記が4日も貯まってしまっていた。液晶画面の暗い壊れた今のiPhoneで今年中に終わらせるのはもう難しいだろう。本当は出国直前(1月1日深夜)にオークランド空港からその日の日記を更新して、かっこよく締めくくる予定だったのだけど、もう諦めて帰ってからじっくり書き上げよう。

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ニュージーランド長期ツーリング<67日目 アーサーズ・パス国立公園ハイキングツアー編>

アーサーズ・パス国立公園にて
アンドリュー君のお客さん達と一緒にハイキングを楽しんだ。

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(この日記は2010年12月30日のレポートです。)
今朝は6時に目覚ましをかけて起きた。今日はチヒロのパートナーで日本語堪能なベテランツアーガイドのアンドリュー君が、日本人のお客さん3人をアーサーズ・パス国立公園に案内するツアーに混ぜてもらうことになっていた。7時半に彼が宿の前まで迎えに来てくれるので、さっそくキッチンに行ってトーストと缶入りシチューの朝食を食べた。

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ニュージーランド長期ツーリング<66日目 クライストチャーチでのんびり編>

快晴のクライストチャーチ   大聖堂前にて
快晴のクライストチャーチ  大聖堂前にて

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(この日記は2010年12月29日のレポートです。)
目が覚めたのは7時半頃だったか。昨日の日記に詳しく書いた同室の若い日本人のバカ女2人のせいでなかなか眠れなかったので、いつもより遅くなった。バカ女たちは8時半頃まで寝ていたが、10時前に思ったとおり一晩だけでチェックアウトしていった。どうせ一晩だけだから同室者に迷惑をかけてもいいやと思っていたのか、あるいはニュージーランドに旅行で来たばかりで、こういう相部屋(ドミトリー、DORMと略される)に泊まるのも初めてなのか? 欧米人なんか朝早く起きる時はおもいきり早く寝るし、毎晩あんなことやってたら必ず同室者とトラブルになるのは避けられない。ニュージーランドで相部屋に何十泊もしてきたけど、同じ日本人が一番最低の同室者だったのが残念だ。いずれ同室の誰かをキレさせて、怖いを思いをするといい。

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ニュージーランド長期ツーリング<65日目 クライストチャーチで友達とお食事編>

チヒロの家で食事
2カ月ぶりにチヒロの家に戻ってきた。

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(この日記は2010年12月28日のレポートです。)
起きたのは6時頃だったろうか。外はかなり雨が降っていて寒かった。もう何度も書いてきたけど、ニュージーランドは夏でも雨が降ると寒い。

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ニュージーランド長期ツーリング<64日目 クライストチャーチ徘徊編>

前夜の地震で建物から崩れたレンガ
前夜の地震で建物から崩れたレンガ

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(この日記は2010年12月27日のレポートです。)
カイコウラでこの旅の最大のパートナーだったiPhoneを水没させて壊し、傷心の電車輪行でクライストチャーチに戻ってきた日の翌朝、早く寝たので目が覚めたのは4時だった。iPhoneはまだ使えるが液晶画面の暗さは変わらずで、これまで何度も真っ暗な相部屋の中でiPhoneの画面を懐中電灯代わりに使ってきたのに、今は灯りがないと字がまったく読めない。iPhoneが壊れた途端、早くこの問題を解決するために日本に帰りたくなってしまった。それまではまだまだ日本に帰るのが嫌だったのに…。しかしながら、トイレに落として壊した昨日は本当に惨めだったものの、思ったよりもiPhoneがタフなのには感心した。

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日本に帰る日

ニッポンの皆さん、ブログ読者の皆さん、新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

ニュージーランドで迎える新年もなかなか悪くないなと思った、昨夜のクライストチャーチの大聖堂前での年越しイベントの動画を公開したいと思います。あと1時間ほどでクライストチャーチ空港に向かいます。とうとう日本に帰る日が来てしまいました。




大聖堂

ニュージーランド長期ツーリング<63日目 カイコウラ~クライストチャーチ(まさかの輪行)編>

カイコウラの海岸
町から町に自転車で移動するのは、カイコウラで終わった。

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目が覚めたのは5時過ぎだった。今日はシェビオットまで走る予定で、距離的には70数kmだが、起伏のかなり多いコースだけに重装備ではしんどいと見ていた。なるべく早く出発するつもりだったのでそのまま起き、キッチンへ行って朝食を食べ始めた。

そこまでは良かったのだが、その後、着替えをするためにトイレに行った時に悲劇が起こった。この旅の間中、最も恐れていたこと、一番やってはいけないミスを犯してしまった。着替え中にズボンのポケットに入れていたiPhoneが便器の中に滑り落ち、iPhoneを水没させてしまったのだ。便器の蓋をしていれば100%防げたミスだし、もし汚い便器なら水没の心配をしてなくても蓋を閉めていたと思うのだが、ニュージーランドのトイレはたいていすごく綺麗で(宿だけでなく公衆トイレも綺麗だ)、つい油断をしてしまった。痛恨の大ミス。もちろんすぐに拾い上げたが、電源はまだ入るものの最初の1時間以上はまったく使い物にならなかった。

1月1日に日本に帰る飛行機に乗るのに、12月26日(こちらではBOXING DAYと呼ばれ、まだ休みの店がほとんど)からニュージーランド国内で修理に出すなどあり得ないし、そもそもiPhoneなど水没させたら一巻の終わりだと思っていたので、買い換えるしかないだろうと思った。ところが、意外にも時間が経つにつれてiPhoneが復活してきた。たぶん自然乾燥ってやつだろう。3時間以上経った頃には再びWi-Fiに接続できるようになり、ツイッターに事の次第をアップできるまでに戻ってきた。ただ液晶画面は暗く、数秒おきに「充電機能はこのアクセサリではサポートされていません」というメッセージが出てきて邪魔をする。日本に帰ったらやはり買い換えは必至だろうと思われた。

こんな状態のiPhoneを持って、自転車にはあまり楽しくないと思われるカイコウラ~クライストチャーチ間の約190km(国道1号線の場合)を予定通り2泊3日で旅する気にはなかなかなれなかった。iPhoneは自転車以上にこの旅の相棒だったからだ。デジカメはほとんど使わず主にiPhoneで写真を撮り、ツイッターもブログもすべてiPhoneひとつでやってきた。何としても中のデータはバックアップしておきたい。不本意だが、自転車で町から町に移動するのはこれで終え、今日中にバスか電車でクライストチャーチに行こうと決めた。

観光案内所のi-SITEで10時半出発のクライストチャーチ行きの長距離バス「アトミック・シャトル」(自転車を運んでもらうのが最も容易)を予約してもらおうとしたところ、i-SITEのスタッフも知らなかったようだが、アトミック・シャトルはBOXING DAYの今日は休みだということがわかった。その次のバスは12時35分発のインターシティだが、こちらは乗客の荷物が多いと自転車は断わられる場合があり、予約の段階ではそれがわからず、ドライバーがダメだと判断してもキャンセルはできないと言われた。「90%以上は大丈夫だと思うけど、もし心配ならドライバーに直接交渉して現金で払うという方法もあるわよ」という。

けっきょく、一番確実な15時28分の電車でクライストチャーチに向かうことにした。自転車代10NZD込みで58NZDはバスよりだいぶ高いが、観光列車なのでこれはこれで乗ってみたいと思っていたし、1号線よりは断然景色が良いはずだ。15時28分までかなりの空き時間があるが、宿の予約はまだしていないし(チヒロは今ロサンゼルスにいるはずだし、アンドリュー君は年末年始はずっとツアーが入っていて忙しいので、彼らの家に泊めてもらうわけにはいかない)、iPhoneが生きているうちに(液晶がどんどん暗くなっていた)ネットカフェに行ってデータのバックパックを試していれば時間はつぶれるだろう。

この国に来てから初めて使う公衆電話で、クライストチャーチにある日本人経営のバックパッカーズ・ホステル「キーウィ・ハウス」に電話をかけると、今夜から最終日まで6泊予約することができた。電話に出た日本人女性が僕の下手な英語を聞いて「日本の方ですよね?」と日本語で聞いてきてくれて、あとは全部日本語で会話。なんて楽なんだろうと思った(笑)。日本人経営の宿だから日本語の書けるパソコンも必ずあるに違いない。たとえiPhoneが動かなくなってもブログの更新が続けられるだろうと思った。

カイコウラ駅で電車待ち中、水没したiPhoneのカメラで撮った写真(レンズの内側はまだ水滴だらけ)。


ネットカフェではなく、ただネットができるというだけの店に入り、Wi-Fiでツイッターのフォロワーの皆さんに次のような質問をした。
「日本に帰る前にニュージーランドでSIMフリーのiPhoneを買って帰り、日本でソフトバンクのSIMカードだけを買うということは可能でしょうか? 日本に売ってないSIMフリーのiPhone4の方が値打ちあると思うんですが…。」
複数の方からコメントを頂いたのだが、皆さんの回答はソフトバンクに関するものではなく、b-mobileに関するものばかりで、ソフトバンクのiPhone4用SIMカードだけを買えるかどうかはわからないままだった。

カイコウラ駅は観光案内所から数百メートル離れた、カイコウラ名物「ホエール・ウォッチ」の出発場所となるビルと一緒になっていた。駅があるのにこの建物内では電車のチケットは販売しておらず、観光案内所で予約して発券してもらわなければならない。チケットといっても日本の電車の切符とはまるで違い、パソコン用のプリンタで出力されたA4の用紙が2枚だった。1枚目には名前やなんかの必要事項が書かれ(これは車掌に渡す)、2枚目に注意事項が細かく書いてあり、これに車掌が座席番号を手書きで書いて僕に渡してくれた。たぶん前日に予約していたら発券の段階で座席がわかっていたんだと思う。自転車は最後尾の貨物車両にサイドバッグを付けたまま積むことができたが、観光案内所の女性が荷物は外した方がいいと言うので僕は外して、しかも先頭車両が停まるあたりで待っていたため、もう一度バッグを付け直して最後尾まで自転車を押して移動するのがめんどくさかった。観光案内所のスタッフならそのへんは知識として持っておいて、的確にアドバイスしてもらいたい。
クライストチャーチ行きの観光列車クライストチャーチ行きの観光列車

僕の座席は4人がけのテーブル席になっていて、ここで札幌から一人旅の若い女性Mさんと一緒になり、日本人だとわかってからはずっと彼女と話していた。Mさんは北島に20日間くらいいて、今日フェリーで南島に来たばかりだという。北島の安宿では盗難騒ぎが何度かあったり、彼女自身もシャワーを浴びてる最中にカーテンレールにかけといたバスタオルを盗られたとか(仕方なくペータータオルで身体を拭いたらしい)、平和だった南島のバックパッカーズ・ホステルとは別世界の話を聞き、僕が北島へ行ってたらヤバかったかもしれないと思った。なにせ南島で僕が泊まっていたバックパッカーズでは一度も盗難が心配になったことがなかったので、はっきり言って気が緩みまくりだったのだ。ただ、北島でもYHAはやはり客層が良くてまったく問題なかったそうで、問題が多かったのはBASEという会社のバックパッカーズらしい。1階がクラブやバーになっていて、若い男女が圧倒的に多いのだとか。

18時20分頃に電車がクライストチャーチ駅に到着した。2カ月ぶりのクライストチャーチだ。駅から宿までは少し離れていて、道に迷わずに行けるか自信がなかったが、何度か一方通行の道を逆走してしまったことを除けば、19時15分頃に一応無事にたどり着くことができた(日本だと一方通行でも「自転車は除く」と書いてある場合がほとんどだが、たぶんニュージーランドではダメだろうな…)。

クライストチャーチ駅
クライストチャーチ駅

グロウスター通りにある日本人経営のバックパッカーズ「キーウィ・ハウス」は、93ベッドというYHA並に大きなバックパッカーズで、さすが日本人の経営だけあって宿泊者は日本人の若者だらけだった。大半は旅行者ではなくワーホリ中の若者達だ。これだけ多くの日本人に会うのはミルフォードサウンドに向かってる途中の団体バス以来だった。欧米人達がこれほど肩身狭そうにしている宿は他にないんじゃないだろうか?(笑)
クライストチャーチの日本人経営のバックパッカーズ KIWI HOUSEクライストチャーチの日本人経営のバックパッカーズ KIWI HOUSE
日本人経営のバックパッカーズ・ホステル「キーウィ・ハウス」のサイトはこちら

日本人だらけのこの宿だが、今夜僕が泊まっている4人部屋(1泊22NZD)は、僕と台湾人の若者2人だけだ。オーストラリアで2年間ワーホリしていて、今はワーホリ期間も終わってニュージーランド旅行中とのこと。年が明けてから北島に行くそうで、ここにはなんと2週間泊まるんだとか。6泊とも彼が同室者になるわけだが、台湾人は日本人にフレンドリーなので大好きだ。

ところで10月に大地震があったばかりのクライストチャーチだが、今日未明にまたマグニチュード5以上の地震があり、午後からも余震が何度もあったんだとか。地震で泊まっていた宿が閉鎖されてここに移ってきたという女の子もいるし、町のあちこちがまたも立ち入り禁止になっている。

近所のスーパーがBOXING DAYでも21時まで開いているというのはラッキーだった。ビールとワインと、6泊もするので久々に食パンを買ってみた。食パンはニュージーランドに来た当初は買っていたものの、なにせ枚数が多くて(普通は20枚以上。しかも大きな町以外ではそれ以外のパンが売ってない)、食べ切る前にカビが生えてからは一度も買っていなかった。バターやジャムも自転車ツーリングに持ち運ぶには向いていない。

夕食はさっそくビールを飲みながらトーストを食べ(朝しかトーストを食べないようでは一人で食べきれない.笑)、シャワーを浴びた後はまたダイニングルームに戻って寝酒にワインを飲み、今夜も余震があるかもしれないなと思いながら12時頃に寝た。

クライストチャーチの自転車レーン
クライストチャーチの自転車レーン

ニュージーランド長期ツーリング<62日目 クリスマス in カイコウラ編>

クリスマスに酒を売らないスーパーマーケット
クリスマスに酒を売らないスーパーマーケット

(写真をクリックしていただくと、拡大画像をご覧いただけます。)
5時過ぎにトイレに行った後、 二度寝をして目が覚めたら9時前だった。同室のイギリス人とドイツ人もまだ寝ていた。昨夜のクリスマスイブは、この宿「YHAマウイーカイコウラ」においては特に何も変わらなかったが、クリスマス本番の今日を迎えてもこの二人は特に何もしないのではないだろうか? 僕も今日の予定は特にない。アザラシの隣に寝転んでビールでも飲もうか?(笑) あっ、その前に洗濯しないと。昨日の日記もまだだ…。起きる前にベッドの上で今年もYouTubeで映画「戦場のメリークリスマス」のラスト10分を見た。僕が高校1年の時の大ヒット映画だが、毎年クリスマスになるとYouTubeでこれを見たくなってしまう。

ベッドから起きて部屋を出ると、YHAカイコウラの受付に宿泊者向けのクリスマスケーキ(日本のようなクリスマスケーキではまったくない)と、クリスマスカードが置いてあった。他にはクリスマス前から受付の前に置いてあるクリスマスツリーが1つ。この宿でクリスマスらしいものと言えば、ただそれだけだった。日本の方がよっぽどクリスマスクリスマスしている(日本はイブでほとんど終わりだけど.笑)


朝食は缶入りシチューとパンと紅茶を、眺め最高のダイニングルームの窓際で食べた。


宿の受付に置かれたクリスマスケーキに添えられているカードの、最後の「comphmenb」という単語の意味がわからないと思ったら「compliments」だった。欧米人の字は読みにくい。


今日も天気は最高だった。宿の目の前の海と山がくっきり見える。洗濯しようと思ったら、11時半頃までシーツやピローケースの洗濯&乾燥でスタッフが使うので、それまで待ってくれと言われた。仕方なく朝からビールを飲みながら、昨日の日記を書いて洗濯機が空くのを待った。


12時過ぎに昨日の日記をブログにアップし終わった。TVルームで日記を書いていたが、同室のイギリス人がその間見ていたテレビ番組は、どのチャンネルもクリスマス番組だった。ニュージーランドが一番クリスマスしていたのは、他でもないテレビの中だった(笑)。

今日の昼ごはんはパスタ250gとビール。パスタを250g食べるといつも気持ち悪くなる(笑)。


ブログの更新と洗濯以外は何もしないまま16時を過ぎてしまった。しかも明日からのコースをまだ決めかねていた。カイコウラからクライストチャーチまでの国道1号線は、自転車にとってはあまり楽しくなさそうだ(ピクトン~カイコウラ間も景色は良かったけど同じ1号線だからけっして楽しくはなかった)。特に最後のワイパラ~クライストチャーチ区間は、交通量の多さと路肩の狭さと路面のデコボコについてガイド本の「PEDALLER'S PARADISE」にいろいろ書いてある。本当はカイコウラでこのまま5連泊してバスか電車でクライストチャーチに戻るのが賢明かもしれないなとも思った。塾考の末、明日は1号線でシェビオット(Cheviot)まで行くことにした。1号線を避ける山越えコースはしんどいだけでなく、83kmもの間「No shops」と書いてるからだ。


スーパーマーケット以外はどの店も閉まってるクリスマスの今日、スーパーにビールを買いに行ったら「NO ALCOHOL SALES TODAY」だって…。飲酒運転はOKなくせに…。


今日の買い物はすごくヘルシーなものになった。コールスローとプチトマトとリンゴ4つ。食事のメニューとしてはひどくても栄養バランスだけには気をつけたこの2カ月間だった。


今夜の同室者は昨夜に引き続きイギリス人のバックパッカーと、北島のウェリントン在住の50代と思しきオーストラリア人女性、ローズマリーさん。ローズマリーさんはピクトンからMTBでここまで来て、明後日の電車でピクトンに戻るというサイクリストだった。一人で3泊4日の自転車旅行に出かけるような50代女性と言えば、僕の自転車仲間ではshimoozさんくらいだ。shimoozさん、去年の曽爾高原以来お会いしてませんが、お元気ですか?

翌朝は早く起きて早く出発しようと思い、シャワーを浴びて22時過ぎには寝た。

追記
僕がここに来た時からいる韓国人の61歳のおじさんが実はサイクリストなのだが(自転車で旅してるわけではなくMTBを持って各地を移動している)、その人は英語の発音は全く良くないけど、相手の言ってることは全部わかってるし、自分の言いたいことも全部言えてる。僕もこの人くらいになれたらいいなと思う。そのおじさんはクリエイターには到底見えない格好をしているのだが、大韓航空の依頼でニュージーランドの動画を撮って回ってるというので驚いた。重たい機材を持ち歩いてるわけではなく、デジカメで撮ってるというからあくまでWebサイト用だと思う。大韓航空の依頼だから飛行機代は当然タダらしいが、たぶんこの人は引退した元社員で、飛行機代をタダにしてもらう代わりに旅行ついでにニュージーランドの動画を撮って回っているだけで、ギャラはほとんどもらってないんじゃないだろうか?(直接そこまで聞けばいいんだけど聞かなかった)

クリスマスケーキにはとても見えない(笑)。
YHAマウイーカイコウラが用意したクリスマスケーキ

痛恨のミス

とうとう一番恐れていたこと、一番やってはいけないミスを犯した。iPhoneを壊してしまったのだ。今朝、トイレで着替え中にポケットに入れていたiPhoneが便器の中に滑り落ちてしまった。痛恨のミス。すぐに拾い上げたが最初はまったく使い物にならず。ただその後、時間が経つにつれてiPhoneが復活してきた。たぶん自然乾燥ってやつだろう。おかげでこうして今Wi-Fiに再び接続でき、ツイッターにアップできている。ただ液晶画面は暗く、数秒おきに「充電機能はこのアクセサリではサポートされていません」というメッセージが出てきて邪魔をする。 日本に帰ったら買い換える必要があるのは間違いないだろうが、それまでに中のデータは何としてもバックアップしておきたい。iPhoneは自転車以上にこの旅の相棒だった。今日中にバスか電車でクライストチャーチに行こうと思う。不本意だが、自転車で町から町に移動するのはこれで終える。

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天五

Author:天五
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1967年滋賀県長浜市生まれ。05年11月、38歳で健康のためにクロスバイクを買ってサイクリングを始めるや自転車の魅力にのめりこみ、06年3月にはロードバイク、07年5月にはマウンテンバイクも購入。「速くなくてもいい、ただ遠くへ行きたい」をモットーに、ツーリングやポタリングを楽しむ日々を送っている。高校卒業後、1986年4月~2011年5月に渡る24年2カ月の大阪生活を終え、6月1日より長浜市民に戻ったばかり。

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