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速くなくてもいい、ただ遠くへ行きたい! 自転車ツーリングをこよなく愛する男のブログです。

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ニュージーランド長期ツーリング<59日目 ピクトン~ウォード編>

黄金色の草原の中をダウンヒル
黄金色の草原の中をダウンヒル

(写真をクリックしていただくと、拡大画像をご覧いただけます。)
目が覚めたのは6時40分。寝坊だ。この時間に起きると昨日の日記を書いてブログにアップしてから出発している時間はない。すぐに起きて出発準備を始めた。同室者が起きるのが遅いというのはいつもながら気を使う。とりあえず部屋からまず荷物を運び出し、それからゆっくりパッキングしていく方がよい(室内でお構いなしでやる人もいるけどね)。一番楽なのは起きたらそのまま出発できるよう前夜から準備しておくことだが、自宅ならわりと簡単なことだけど、旅先の宿においては寝る時に必要になるものとか、寝てる間に充電しておく物とかいろいろあって、なかなか起きて5分で出発というわけにはいかない。朝食は前日と同じく宿のキッチンで、無料のトーストとコーヒーを頂いた。


8時20分頃、2晩泊まった「アトミック・バックパッカーズ」をチェックアウトし、近くのスーパーマーケットで補給食を買った。また、宿で朝食は食べたものの自転車で走る日はさすがにトースト2枚では足りないので、パイとソーセージロールとオレンジジュースも買った。ベンチに座ってそれを食べていたら、大きなバックパックを背負った「俺も自転車乗りだ」というニュージーランド人のおじさんが話しかけてきて、僕がもうすぐ日本に帰ると言っているのに、この先全然通らない町を延々勧めるので、さすがに鬱陶しくなった。


今日から2日かけてカイコウラまで走るが、カイコウラに行くためには11月以来となる国道1号線(本当は「ステイト・ハイウェイ1」と呼ぶ)を通らなくてはならない。車は多いだろうが、カイコウラに行きたいと思ったら仕方がない。クライストチャーチまで1号線だけで行くと338kmか…(最後の方は自転車は通れないらしいが)。多少遠回りしたとしてもあと400km足らずでこの旅が終わるのだ。ここまでバス輪行は4回したけど、ニュージーランド南島の主だった町はたいてい通ってきた。他にも良いところはあるんだろうけど、べつに何の悔いもない。北島に行かなかったことすら悔いていない。


最初は平凡な景色が続いたが、ありがたいことに強烈な北風が吹いていた。南に向かう僕にとっては追い風だ。これまで向かい風にはさんざん苦しめられてきたのだから、たまにはこんな日があってもバチは当たらないだろう。快調なペースで20km以上走り、スプリング・クリークの町にあったスーパーでドリンク休憩した。目の前にはバックパッカーズ・ホステルもあった。



その後5~6kmほど走って人口約19000人という、ニュージーランドではかなり大きな町ブレナムに到着したが、あまり興味もなく、ほぼ素通りした。

ブレナムの町と自転車が目に付いたアンティークショップ。


この辺りはワイナリーが多く、ブドウ畑が多かった。また、このところ日本とよく似た山ばかり見せられてきたが、今日は違った。山一面にススキをもっと短くしたような草が生えていて、これらが風に吹かれると黄金色の波となって輝くので、それはそれは美しかった。ただし道路は1号線、交通量は多く、制限速度は80km~100kmで、残念ながら楽しくはない。


ウェルド峠への上りが始まった。激坂ではないが、コーナーになると路肩がなくなるので自転車には辛い。



標高196mのウェルド峠に到着。黄金色の草原の中をダウンヒル。


黄金色の草原がなんだか砂漠みたいにも見えた。


ウェルド峠から少し下ったあたりの景色。ピクトンから南は国道1号線と並行して鉄道も走っている。観光列車なので海岸沿いはたいそう景色が良いらしい。


ワイン畑の横を通ったことは何度もあったが「おおっ!」と思うほど景色が良かったのは今日が初めて。ツール・ド・フランスみたい。


ピンク色の池というか湖みたいなのが見えてきてびっくり。チヒロのメールによれば天日干しの塩を作ってるらしい。近くまで行ってどうなってるのか見たかったが、残念ながら道がなかった。


前方に綺麗な海が見えてきたものの、道路と海との距離はまだ縮まらず…。


ウォードの町にあったカフェでアイス休憩。今日はニュージーランド人にとってはきっと暑くてたまらなかったと思うが、風が強かったので日本人の僕にとってはたいした暑さではなかった。


ウォードのカフェから9kmほど南下したところで、今夜泊まる予定をしていた宿「PEDALLERS REST」の目印を発見した。住所的にはここもウォードらしいが、周りには見事に何にもない。その何にもない場所に白い大きなタンクが置いてあり、その上に古い自転車のオブジェと「PEDALLERS REST CYCLE STOP」の古ぼけた看板が乗っていた。「自転車乗り達の休息」などという名の宿がこの世にあるとは思わなかったので、サイクリストとしてはやはり心がときめいた。ここを右折して1.5km進むとその宿があるらしい。その道、Ure Roadは直線のダートだった。



そして、15時過ぎだったろうか、「PEDALLERS REST」に到着した。ガイド本の「PEDALLER'S PARADISE」に「backpackers hostel」ではなく、「cyclists hostel」と書いてあるようにサイクリスト限定らしい。まず目に入ったのはオーナーさんの大きな白い家だった。この旅の前半、オマラマという町でトニーさんという大牧場主が経営されているバックパッカーズ・ホステルに泊まったことがあった。そこはホステルというより完全にトニーさんの家だったので、もしかしたらここもオーナーさんの家に泊めてもらうのかと一瞬思ったがそうではなく、100mくらい離れた場所にコテージのような建物があり、そこがサイクリスツ・ホステルの「PEDALLERS REST」だった。オーナーさんは牛や羊も飼っておられるが、とても小さな牧場だったので酪農が本業ではないと思う。



僕が着いた時、ちょうど奥さんが外におられ、「今夜泊まれますか?」と尋ねると、空いてるとのこと。先客はおらず、1泊18NZDの4人部屋か、または1泊20NZDの2人部屋、さらに1泊12NZDのテントサイトがあるという(「PEDALLER'S PARADISE」に書いてある料金より2NZD高いけど)。18NZDの部屋にした。ビールも1本4NZDで売ってくれるというので2本買って、建物に案内してもらった。本当は奥さんからこの宿を始めたきっかけなどを詳しく聞きたかったのだが(こう言っては失礼かもしれないが奥さんはあまり自転車乗りには見えなかった)、奥さんは設備の案内をし終えると「何か困ったことがあったら言ってね」と言ってすぐに家に戻ってしまわれたので、残念ながらあまり話はできなかった。ただ、昨夜は日本人の夫婦が泊まっていたというので驚いた。

PEDALLERS RESTの設備。掛布団は有料。僕は寝袋を使用した。




洗濯機が無料なので、ありがたく使わせていただいた。乾燥機はなし。


宿泊者ノートもあり、前夜泊まったという日本人ご夫婦の書き込みもあった。ご主人の定年退職後、すぐにニュージーランド自転車旅に来られたらしい。



宿泊者ノートにはなんと5歳と2歳の子供を連れて自転車でニュージーランドを旅するバスク人夫婦の書き込みも!ホームページもあり!


翌朝撮った「PEDALLERS REST」の動画<その1>http://t.co/4owzXSi

翌朝撮った「PEDALLERS REST」の動画<その2>http://t.co/ohXTMB4

晩ごはんは缶入りシチューとペンネ250gの合わせ技。


一人旅の美人サイクリストが泊まりに来たらどうしようかとドキドキワクワクしながら待っていたのだが、けっきょく男のサイクリストも現れず、今夜の「PEDALLERS REST」は僕の貸切だった。ピクトン~カイコウラ間約160kmのちょうど中間あたりにあるのにもったいないなぁ…。今日も何人かの自転車旅行者とすれ違ってはいたのもの、なにせ1号線は交通量が多くて路肩も狭いので、停まって話をしようかという雰囲気にならず、ただ挨拶を交わすだけに終わっていたので、こういう場所でこそサイクリストに出会ってゆっくり語り合いたかった。それにもう一晩早く来ていたら日本人ご夫婦と3人でさぞかし楽しい夜になっていただろうにと思うと残念で仕方がない。

ツイッターアプリに今日の出来事を下書き保存していき、さらにベッドの上で昨日の日記を書き始め、終わったのが23時頃だった。今夜もエラ・フィッツジェラルドのクリスマスアルバムを聴きながら寝た。


国道1号線に現れたサイクリスツ・ホステル「PEDALLERS REST」の目印
サイクリスト用ホステル「PEDALLERS REST」の目印

ニュージーランド長期ツーリング<58日目 暴風雨のち晴れのピクトン編>

ニュージーランドのクリスマスを象徴するポフツカワの木
ニュージーランドのクリスマスを象徴するポフツカワの木

(写真をクリックしていただくと、拡大画像をご覧いただけます。)
目が覚めたのは7時20分頃だった。外は滝のような大雨で、しかも風も凄かった。ニュージーランドに来てもう2カ月近くになるのに、僕は今まで天気に恵まれていたんだなと思う。雨には何度も降られたけど、こんなにひどい雨はニュージーランドには降らないのかと思っていた。まるで台風並みの暴風雨だ。もし町と町の間が80kmも100kmも離れている場所を走ってる時にこんな暴風雨になったら、最初に見つけた牧場主の家に駆け込んで「お願いですからここに居させて下さい」と頼み込むしかないような天気だった。もちろん連泊決定である。

この宿「アトランティス・バックパッカーズ」は朝食のトーストとコーヒー、紅茶が無料なので、朝はありがたくそれを頂いた。キッチンの黒板には明日も雨と書かれていた。23日から25日までカイコウラのYHAを3泊予約しているが、明日出発しないと自走では23日にカイコウラに着けない。ピクトンから南は長距離バスだけでなく観光列車で輪行することも可能なので、宿のスタッフに列車の時間について尋ねると、13時ピクトン駅発とのことだった。本数は1日1本だ。



朝食後は昨日の日記を書きながら、昨夜同じドミトリーに泊まっていたワーホリ中の日本人カップルや、デンマーク人のオートバイ乗り、ルーン君と仲良くなって話しているうちにお昼になってしまった。日記も世界一周中のスペイン人サイクリト、アイドール君のことを書いているうちにかなり長いものになった。その間も外はあいかわらず暴風雨で、小雨など気にしない欧米人達もさすがに今日の大雨は耐えがたいらしく、びしょ濡れになりながら午前中から宿に駆け込んでくるバックパッカー達が多かった。


デンマーク人のオートバイ乗り、ルーン君との会話で興味深いことを聞いた。彼はニュージーランドでホンダの750ccのオートバイを買って旅をしているそうだが、ニュージーランドを周った後は、その愛車と一緒に船でオーストラリアに渡るという。それがなんと5日間の船旅だそうだ。「5日間もずっと船に乗ったままなんて人生にそうあることじゃないから楽しみなんだ。わかるかい?」と目を輝かせていた。人によってはそんなの絶対耐えられないと思うのだろうが、僕は今年の7月と8月の2度にわたる北海道旅の際、豪華客船の新日本海フェリーで20時間以上の船旅を計4度体験し、いずれも素晴らしく優雅だったので、ちょっと羨ましくなった。もちろん20時間かそこらで船から降りられるのと、5日間もずっと乗りっぱなしなのとでは全く違うだろうが、ルーン君の言うとおり、人生でそう何度も体験できるものではない、というか99%以上の人は一生体験しないまま終わるだろう。ルーン君の母国語はもちろんデンマーク語だが、彼は僕から見ればネイティブ並みに英語が上手く、他にスウェーデン語、ノルウェー語、イタリア語、ドイツ語もわかると言っていた。今年のサッカーW杯で日本がデンマークに勝ったことを話題にしようかと思ったが、熱狂的なサッカーファンだと機嫌が悪くなるかもしれないのでやめておいた(笑)。


14時過ぎ、傘を差して外に出て、レストランで大奮発して300gのステーキを食べた。宿泊費と同じ25NZDで、ステーキの上に目玉焼き2個が乗り、さらにフライドポテト(ニュージーランドでは「チップス」と呼ぶ)も大量に同じ皿に乗っている。日本のステーキハウスでもこういう出し方をする店はあるんだろうか?


ステーキを食べていたら急に雨が止んで、止んだ後はすぐに晴れてきた。NZの天気は気まぐれだ。



芝生で日向ぼっこするカモとカモメ。


ニュージーランドのクリスマスを象徴する木、ポフツカワ。


自転車のイラストがラベルに使われているワイン(ニュージーランド産かどうか確認し忘れた)が高くて、自分の金では買う気がしない。誰かクリスマスプレゼントに飲ませてくれないかな?


ここから35kmしか離れていないハブロックの町では330ml瓶ビールのバラ売り価格が3.50NZDだったのに、この町では1.50NZDと安い。


昼食後、長い雨が止んで今が晴れだからと言って明日も晴れだと信じるほど純情じゃないので、ピクトン駅の窓口を訪問して、チケット売場で明日の朝の天気を見てから予約しても大丈夫か、自転車も乗せられるかを確認した。ニュージーランドの電車は基本的に観光列車だから席は全て予約制で、自転車を乗せるのに輪行袋は必要ない。本数は一日一本が普通だが、僕があの150kmのオール未舗装の自転車道「Otago Central Rail Trail」を走り終えた後にミドルマーチから乗ったタイエリ峡谷鉄道などは、たしか週2日か3日しかミドルマーチ駅からは発車しなかった。


宿に戻った後、アマンダちゃんのブログで彼女がグレイマウスの手前で落車してケガをし(幸い擦過傷で済んだみたいだけど)、自転車も壊れてギアが2枚しか使えなくなったと書いているのを読んだ。僕が日記に「ロードバイクは降りて押さないと絶対危ない」と書いた、あの電車も通る鉄橋が事故現場だ。メールで教えてあげれば良かったなぁ…。あそこは僕が通る前に会ったカナダ人サイクリストのイアンさんも溝にはまって落車したと言っていたし、僕の太いタイヤでも落車しかけたくらいだからロードバイクではあまりにもヤバいと思っていた(かと言って降りて歩けば後ろから車は来るし、片側一方通行だから渡り終えるまで対岸で車がずっと待ってるしで、心理的なプレッシャーは相当なものになりそうだが…)。

18時過ぎから入り江のベンチに座ってNZビールのTuiを飲んだ。風が強すぎてまったく優雅ではなかった。


ちょっとわかりにくいけど、北島行きのフェリー、「インターアイランダー」が出て行くところ。


ニュージーランドには至るところにカモがいる。近くに水がまったくない場所にもいたりするので驚く。


ニュージーランドはマウンテンバイクを積んで走ってる車が本当に多い。良いバンパーになる(笑)


夜、僕がラウンジルームのソファで日本人ワーホリのコーヘイ君と話していると、そばで本を読んでいた、日本人のお母さんとアメリカ人のお父さんを持つアメリカ人、メイちゃんが話しかけてきた。


メイちゃんは最初こそ英語で「あなた達は日本から来てるのね」と話しかけてきたけど、あとはお母さんから教わった日本語でずっとしゃべってくれた。あまり上手くはないものの、こちらが彼女の日本語力に合わせてあげれば、たいていは日本語だけで会話ができる。今日はネルソンとタカカの間にあるモトゥエカ(僕も自転車とバスで1回ずつ通った)からヒッチハイクでピクトンまで来たらしい。自転車と大量の荷物があるので僕はやったことがないけど、ニュージーランドでヒッチハイクするのは絶対簡単だと思う。ニュージーランド人は親切だし、レンタカーに乗った外国人旅行者もめちゃくちゃ多いからだ。でも今朝は台風並みの暴風雨だったので、よくヒッチハイクなんか出来たなと言うと、モトゥエカもネルソンも全然降ってなかったんだとか。ここから200kmも離れていないはずだけど、そんなに違ってたのか。ただ、ヒッチハイクに成功してピクトンに向かってる途中の雨はひどかったらしく、ある場所では川が氾濫して牧場の牛たちが半分水の中に浸かっているのを見たんだとか!

メイちゃんはニュージーランドにはワーホリで来たらしいが、もうワーホリの期間は終わっていて、今は「ただのホリデー」なんだとか。彼女のお父さんはカリフォルニア大学サンタバーバラ校の教授らしいが、20数年前に日本の博物館かどこかで仕事をしていた時に彼女のお母さんと知り合って結婚したそうで、彼女は東京生まれだという。「メイという名前はアメリカでも日本でも通用する名前だから付けたんだろうね?」と僕が言うと、「うん、そう。弟の名前はケンっていうの」とのことだった。メイとケンのバイリンガル姉弟か。お母さんの名前は「八千代」さんというそうで、僕が「やちよ」は『君が代』に出てくる言葉だと言うと、「キミガヨって何?」と訊かれた。お母さんはそこまでは教えてなかったのか…(笑)。「八千代」を直訳すれば「eight thousand generation」で、日本国歌の『君が代』の中では「forevever」に近い意味で使われていると教えてあげた。

メイちゃん達とけっこう長い時間しゃべっていたので、今日の日記を今日中に書いてる時間がまた無くなってしまった。明日は84km走ってガイド本の「PEDALLER'S PARADISE」に載っている、「PEDALLERS REST」というCyclists hostel(!)に泊まりたいと思っているが(この世に『自転車乗り達の休息』なんていう名前の宿が存在するとは…)、天気と風次第では楽にも苦にもなるだろう。標高図を見るとアップダウンも多少気になる。とにかく早く寝て早く起きるに越したことはないので、22時半頃にはベッドに戻り、今夜はいつもの桂米朝落語全集ではなく、エラ・フィッツジェラルドのクリスマスアルバムを聴きながら寝た。


追記
今日、スーパーマーケットでビールを買う時に、レジのおばちゃんにニュージーランドに来て以来初めて年齢を訊かれた。さすがに未成年に間違われたわけではなく、25歳以下かもしれないと思われたのだ。ニュージーランドでは飲酒は18歳からOKらしいけど、酒を買う時に25歳以下だと思われると身分証明書の提示を求められるんだとか。コーヘイ君は「僕なんか絶対に提示を求められますよ」と言っていたけど、確かに彼ならニュージーランド人から見れば高校生にすら思えるかもしれない。でも、いくらなんでも僕に対してそれはないと思う。実際ニュージーランドに来て2カ月近くになるけど、年齢を確認されるのは今回が初めてだし…。それで僕が、「How oldやて? 43歳や!」と答えると、おばちゃんはびっくりして、「Wow, old!」と言って笑いやがった。もし26歳だと答えていたら身分証明書の提示を求められたんだろうが、43歳という答えを聞いて嘘ではないと思ったのだろう。身分証明書は不要だった。

ピクトンの入り江とNZビールのTui
ピクトンの入り江とNZビールのTui

ニュージーランド長期ツーリング<57日目 ハブロック~ピクトン編>

世界一周中のスパイン人サイクリスト、アイドール君
世界一周中のスペイン人サイクリスト、アイドール君と出会った!

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目が覚めたのは7時過ぎだった。いつもより遅いが、今日は35km先のピクトンまで移動するだけのつもりだったので、べつに構わない。チェックアウト時間の10時ギリギリに出発してもよいのだが、外を見ると昨日の予報では今日の天気は晴れだったはずが、今にも雨が降り出しそうなどんよりとした曇り空ではないか。最初から降っているのと走り始めてから降るのとでは全然違う。雨が降る前に早く出発 した方がいいかもしれない…。


朝食は近くのカフェで食べようかと思っていたが、荷物を少し軽くするため手持ちの缶入りシチューを1つ食べることにした。シチューを食べていると、この宿のかわいすぎる子猫がまたもテーブルの上にやって来てシチューを舐めようとするので(猫舌というのは嘘なのか?)、何度もテーブルから降ろさなくてはならなかったが、かわいすぎるので全然腹が立たない。このYHAハブロックは観光シーズン真っ盛りのニュージーランドにあって全然流行っていないのだから、和歌山電鉄のたま駅長を見習って、この猫をマネージャーにした方が絶対宿泊客が増えると思う。


9時過ぎに2晩泊まったYHAハブロックを出発し、シチューだけでは足りないのですぐ近くのカフェに入り、ベーコン&エッグのサンドイッチとファンタオレンジを買って食べた。ファンタオレンジなんて飲むのはいったい何年ぶりだろう?


ハブロックのメインロードである6号線を少しだけ東に走り、クイーン・シャーロット通りに左折した。直進すれば23~25日に泊まる予定のカイコウラにより近いブレナムへの近道になるが、やはり当初の予定通りピクトンに向かうことにした。クイーン・シャーロット通りに入ってすぐに小雨が降り出したが、一旦出発してしまえば、雨の中を走るのはイヤという気持ちよりも、引き返すのはイヤという気持ちの方が勝るものだ。それに昨日の天気予報では今日は晴れだったんだから、この時はすぐに止むだろうと思っていた。クイーン・シャーロット通りはすぐに上り坂となり、一昨日は「川にしか見えない」などと書いた入り江は、ここから見ると湖にしか見えなくなった。この辺り一帯はマールボロ・サウンドと呼ばれる複雑なリアス式海岸になっている。雨がだんだん強くなってきたので、さっそくレインスーツを着て、サイドバッグにレインカバーをかけた。出発前からそうするべきだった(これから自転車旅を始める人は絶対に防水サイドバッグを買うことをお勧めします)。ただ、同じ雨でも昨日ほどはひどくなかったし、あまり寒くなかったのが大きな違いだった。



展望所があったので激坂を押して寄ってみたが、雨じゃあねぇ…。奥琵琶湖パークウェイから見る琵琶湖をこじんまりさせたような景色だった。


クイーン・シャーロット通りは晴れなら本当に素晴らしいツーリングコースだった。景色は良いし、アップダウンは適度なレベルだし、国道じゃないので車も少ない。「地球の歩き方」にはハブロックなど載ってないけど、ハブロック~ピクトン間は自転車旅行者には絶対お勧めする。実際自転車旅行者にも会ったのだが、なにせ雨なもんでお互い停まって話をしようという雰囲気にならず、挨拶を交わすだけに終わった。



入り江が見えない場所も晴れてさえいれば牧歌的な良い景色。


晴れていれば、ハブロックでホステルに泊まるよりも、足を伸ばしてモモランギでキャンプする方が絶対良いと思う。


20kmくらい走ったあたりにあったモモランギ・キャンプ場の受付が売店兼カフェになっていて、時刻もちょうど12時前だったので、ホットドッグとコーヒーで休憩した。「昨日の天気予報では今日は晴れだって言ってなかった?」と店員の女の子に言うと、「そうだったわね。今夜は大雨になるって言ってるわよ」とのこと。やれやれ…。そして10分以上待たされて出てきた「ホットドッグ」は、日本でいうところの「アメリカンドッグ」だった。そういえばニュージーランドに来てからホットドッグを注文したことは一度もなかったと思う。


モモランギ・キャンプ場での休憩後、2kmくらい坂を上ったところで、向こうから青いポンチョを着た自転車旅行者がやってきた。今日はここまで自転車旅行者に会っても雨なので挨拶を交わすだけに終わっていたが、彼は自分から自転車を停めて、僕との交流を求めてきた。もちろん僕も相手さえその気なら喜んで雨の中でも話がしたい。彼の名前はアイドール君(Aitorというスペルだが、何度聞き直しても「to」は「ド」と発音していた)、スペイン人だった。


アイドール君と「こんな天気じゃなかったらここは素晴らしい景色なのにねえ…」「ほんとにそうだよ」と残念がった後、彼がニュージーランドの前はエジプトを旅していたと言うのでびっくりして、「もしかして世界一周中なの?」と聞くと、答えは「YES」。スペインを出発してから1年10カ月めだという(アイドール君のブログはこちら)。ニュージーランドに来た当初、徒歩で10年以上かけて世界一周中のカナダ人、ジャンさんに出会ったことはあるが、自転車でまさに世界一周中という旅人に出会うのはこれが初めてだった(もしかしたら挨拶を交わしただけの人の中にもいたかもしれないが…)。世界一周中の彼から言わせるとニュージーランドはキャンプ場もバックパッカーズ・ホステルも高すぎるとのことで、ほとんど野宿していると言っていた。今日みたいな雨の日は放課後の学校の敷地内で軒下を借りてテントを張っているという。ニュージーランドには野宿をしてもバレない場所ならいくらでもあるが、野宿をしてもよい場所というのは基本的にはない。でもたとえバレたとして、ゴミや糞尿を残していかないかぎり、世界一周中の旅人がほんの一晩だけその場所を借りたことを怒る人がこの国にいるのだろうか?

シャワーはどうしてるのかと聞くと、2リットルくらいのペットボトルを僕に見せて、「これに水をたっぷり入れてタオルで身体を拭いている」と言っていた。よほど潤沢な資金を持っていないかぎり世界一周しようと思ったら徹底的に節約する必要があるはずで、何日もシャワーを浴びられない覚悟がなければできるもんじゃない。また、彼は僕より英語が得意だけど、当然英語がほとんど通じない国でも旅を続けなくてはならない(日本もそのうちの一つだと思う)。これからも無条件で彼の旅を応援したくなる。彼がいつか日本に来た時にはぜひ何か協力してあげたい。雨がかなり降っていたのでメールアドレスの交換はなかなか大変だったが、雨で滲んだ僕のメモ用紙が読めなくてもいいように、後で僕からメールを送っておこう。

それと、これは先月会ったスウェーデン人サイクリストのリッカードさん&フリーダちゃん親子からも聞いていたのだが、自転車で世界を旅している人が、無料で自宅に泊めてくれる人を探せる「ウォームシャワー」というWebサイトがあり、アイドール君も時々このサイトで泊めてくれる人が見つかって、温かいシャワーと食事を提供してもらったりしているようだ。また、8月に北海道行きのフェリーで出会ったオランダ人サイクリストのトゥン君は、サイクリストに限定しない同様のサイト「カウチサーフィン」で、札幌市内に泊めてくれる日本人ホストを見つけていた。見ず知らずの外国人を自宅に招いて泊めてやろうという人は、けっして奇特なわけでも下心があるわけでもなく、本人も旅が大好きで、過去に旅先で地元の人から親切にされてきたからこそ、自分もその恩返しのつもりで、旅人に宿泊場所を提供しているのだろう。旅は日夜、世界各地で素晴らしい国際交流を生んでいるのだ。

アイドール君の次に出会ったのはかわいすぎるカモの親子。僕を怖がって逃げるので良い写真は撮れなかったが、本当にかわいかった。


14時過ぎ、いきなりピクトンの町が目の前に現れた。港には本来なら僕も乗るはずだった北島行きのフェリー「インターアイランダー」が停留中だった。ピクトンはニュージーランドの北島と南島をフェリーでつなぐ、この国の重要拠点だ。僕が北島行きをやめることにしたのは1週間前だった。バタバタと駆け足で北島の有名な場所だけ見て周るよりも、またいつかニュージーランドに来て北島をゆっくり周ればいいと思うようになった。ちなみに「地球の歩き方」によれば、このフェリーにレンタカーを持ち込んで北島に行くことはできないらしい。


町に入り、観光案内所を探してYHAの場所を聞こうと思ったらいきなり目の前にYHAが見つかったまでは良かったが、中に入ると昼の受付は14時で終わり、17時までは受付に誰もいないとのことだった。戻るまで好きに使ってていいよとは書いてあるけど、キャンプ場ならともかく(アマンダちゃんと一緒に泊まったラムズデンのモーターキャンプ場は朝まで誰も来なかった)、そんな宿は今までになかった。しかも予約の電話番号が書いてあったのでiPhoneのSkypeアプリで電話したところ、番号が変わっているとのアナウンスが流れてきた。この国のYHAが大好きだったけど、ここに泊まるのはちょっと嫌だなという気になり(何より雨の中をずっと走ってきてびしょ濡れだし)、「地球の歩き方」に載っていた近くのバックパッカーズに泊まることにした。ドミトリーが25NZDで、朝食のトーストとコーヒーが無料だという。

14時から17時まで受付不在のYHAピクトン


観光案内所のすぐ近くにある「アトランティス・バックパッカーズ」


荷物を部屋に運んでシャワーを浴びた後、洗濯&乾燥中にツイッターに今日の出来事を17回くらい連続でアップした。YHAの契約しているWi-Fi会社GLOBAL GOSSIPがこの国では一番安いのかと思ってたけど(24時間で9.95NZD、データ量無制限)、ここの宿が契約してるWi-Fi会社TOMIZONEの方が安いことがわかった(24時間6.50NZD、ただしデータ量は160MB)。

この宿のドミトリーは場所によって明るさに極端な差がある。僕のベッドは昼間でもライトが必要なほど暗い。にもかかわらずライトがないので自前のランタンを使ってる。


この宿のラウンジルームとキッチンと飼い猫。ニュージーランドの宿は猫を飼ってるところが多いなぁ。


この宿はダイビング・ショップが経営していて、なんと宿泊者が無料で泳げる温水プールがあるのだ。海パンは持ってないが、レーサーパンツなら泳げるぞ(笑)。


今夜は外食。近くのバーに入り、ビーフバーガー(11.90NZD)とNZビールのTui(4.50NZD)を注文した。



夕食後はスーパーで買った7.99NZDの安ワインをちびちび飲みながら(この町のスーパーは21時まで開いている)、ラウンジルームで今日の日記を書き始めたが、僕はワインには弱いので1本空く頃にはすっかり酔っ払い、22時半頃にはベッドに戻った。この宿は掛布団の代わりにバスタオル1枚というワイルドさで(2NZD払えば掛布団を借りられる)、裸で寝るのが大好きな白人はそれでいいかもしれないが、日本人にとってはそれでは寒く、仕方ないので自分の寝袋を出してファスナーを全開にし、掛布団代わりにして寝た(同じドミトリーで寝ているワーホリ中の日本人カップルもそうしたと言っていた)。普通のホステルには「衛生上の問題があるから自分の寝袋は絶対使わないでくれ」と書いた紙が貼ってあるのだが、掛布団が有料のこの宿にはそうした注意書きは見当たらない。天気予報は明日も雨で、しかも「heavy」とのこと。連泊の可能性が大だった。

ハブロック~ピクトン間は天気さえ良ければ素晴らしいコースだった。
天気さえ良ければ素晴らしいコースだった。

ニュージーランド長期ツーリング<56日目 雨のハブロック編>

夏真っ盛りのニュージーランドだが…
夏真っ盛りのはずのニュージーランドだが…

(写真をクリックしていただくと、拡大画像をご覧いただけます。)
目が覚めたのは6時20分頃だった。雨の降る音が聞こえていた。それもかなり強い雨だ。昨日の午後はあんなに天気が良かったのに、また雨か…。今日はピクトンまでほんの35km移動してピクトンで連泊しようかと思っていたのだが、ここハブロックでも連泊するか、雨の中を35km走るか…。でも今日はこの辺りのリアス式海岸がたっぷり見られると思って期待していたのに、雨だけでなく霧も出ていて、こんな中走ってもただ辛いだけなのは目に見えている。天気予報では今日は一日中雨で、明日は晴れ、明後日はまた雨の予報となっている(安定せんなぁ…)。えーと…明日20日にハブロックを出発して、ピクトンで2泊して22日にピクトンを出発するとしたら…カイコウラ23日到着はまだ問題ないレベルではあるのか…。


チェックアウトの時間が迫るにつれて大雨になってきたので、仕方なくここYHAハブロックに連泊することにした。昨日買ったビールもまだたっぷり残ってるので、今日は昼間からビールを飲もう。夏真っ盛りでも雨のニュージーランドは寒く、ラウンジルームの暖炉には誰かが火を入れてくれていた。今年の7月、北海道の計呂地交通公園のライダーハウスで一日中雨に降られて足止めをくらった時、管理人のおじさんが石油ストーブを炊いてくれたのを思い出した(宿泊費はたしか300円だった)。前夜泊まった旅人のほとんどが連泊して、みんなで昼間から酒盛りして昼寝したのだ。あの日は雨でも素晴らしく楽しかったなぁ…。


昨日の日記を書き上げてブログにアップした時にはもう12時を過ぎていた。アメリカ人のキャロシーちゃん、オランダ人のマークさん&コニーさん夫妻、御年81歳のカナダ人・ウィリーさんと立て続けに4人の自転車旅行者に出会った楽しい一日だったので日記も長くなってしまった。ちょっと外に何か食べに行こうかという気もなかなか起きないほど雨はよく降り続いていたので、とりあえず昼食は「出前一丁」のスパイシーフレーバーを食べたけど(出前一丁は早く食べないと自転車で移動してるうちにボロボロになってしまう)、あんまり辛くはなかった。辛い物が得意ではない僕が辛くないと感じるのだから、辛い物好きな人には「出前一丁」のスパイシーフレーバーはお勧めしない(日本で売ってるのは見たことないが…)。


15時前からビールを飲んで、ニュージーランドに来てから初めての昼寝をした。60日近くも昼寝をしたことがなかったなんて、もしかすると僕の人生では初めてかもしれない(笑)。昼寝をするチャンスが今までまったくなかったというわけではないが、やっぱり旅の前半は「昼寝するなんてもったいない。雨でもカッパを着て外を歩かなきゃ」なんて思っていた。さすがに今はもうそんな気は起きないな…(笑)。18時頃に昼寝から覚めてもあいかわらず外は雨で、本当に明日は晴れるのかと心配になってきた。もし明日も雨ならもうピクトンに行くのはやめにして、内陸を通ってカイコウラにより近いブレナムに行ってしまおうかと考えた。


今日の晩ごはんは缶入りシチューとビールと、おツマミのドライフルーツ&ミックスナッツ。


夕食後はこの宿のかわいすぎる飼い猫と遊んでるうちにどんどん時間が過ぎいってしまった。まだほんの子猫で、しかも人なつこくて、どちらかといえば僕は犬好きなのに、この子にはもうメロメロになってしまった。



猫動画<その1>
VT: http://twitvideo.jp/04DOX


猫動画<その2>
VT: http://twitvideo.jp/04DQm


21時40分頃に子猫と遊ぶのを切り上げてシャワーを浴び、ベッドに入って今日の日記を書き始めた。昨夜は6人部屋に僕一人だったが、今夜はもう一人、クライストチャーチ在住のニュージーランド人の若者が泊りに来た。東洋の文化に興味があるらしく、「君は仏教派か神道派か?」と僕に宗教を聞いて来たり(無宗教だと答えた)、部屋でお香を炊いてもいいかと聞くのでOKすると、インドネシアあたりのお香を炊きながらサングラスをかけて瞑想し始めた。

昼寝をしてしまったせいで23時半になってもなかなか眠くならなかった。明日は走行距離が短いのでチェックアウト時間ギリギリに出発すればいいのだが、とりあえずまたiPodで桂米朝を聴きながら(猫と遊んでいたので「猫の忠信」を聴いた)、0時までには目を閉じた。

YHAハブロックの子猫がかわいすぎる…。
YHAハブロックの飼い猫がかわいすぎる。

ニュージーランド長期ツーリング<55日目 ネルソン~ハブロック編>

自転車歴60年、御年81歳のカナダ人・ウィリーさん
サイクリスト歴60年、御年81歳のカナダ人、鉄人ウィリーさん!

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目が覚めたのは6時頃だった。どうもこの部屋に泊まる人は朝早いバスで次の町に移動する人が多いようで、連泊者以外は朝早く起きて出発準備を始めるため、今日出発する僕も準備がしやすくて良い。7時前には荷物をまとめて部屋を出て、キッチンに移動して朝食を食べた。外を見ると今日は天気は悪くなさそうだ。昨日出発を見合わせたかいがあった。8時までに昨日の日記を書き上げてブログにアップし、いちおう出発準備はほぼ整った。

今日の朝食はパンとリンゴ3つと紅茶。ニュージーランドに来て以来、リンゴをいくつ食べただろう。日本にいた時はほとんど買わなかったので、ひょっとしたら5年分くらい食べたかもしれない。


宿の受付には今日も日本人スタッフのクミさんがいた。朝一番から相談に来る宿泊者が多いのに今いるスタッフはクミさん一人のため、てんてこまいしていた。なにせ長距離バスや各種アクティビティの予約、道案内まで何でも宿の受付でやってくれるので便利なのだが(バス会社等とはエージェント契約しているので宿から予約すると宿に手数料が入る)、混み合うと待ち時間も長くなってしまう。

クミさんに頼んで自転車倉庫(BIKE STORE)のカギを開けてもらわないと自転車が出せないので、仕方なくクミさんの手が空くのを待っていると、一人の女の子が自転車を押して玄関から中に入ってきた。しかもロードバイクを4サイドバッグ装備にした自転車旅行者ではないか。時刻は8時20分頃で、なぜこんな時間に中に入ってくるのかわからなかった。昨夜ここに泊まって今朝出発したけど忘れ物でもして戻ってきたのだろうか。僕の近くに自転車を置いてすぐトイレに行ってしまったので話しかけることもできず、彼女の自転車を眺めていると、トイレから戻ってきた彼女が僕のサイドバッグ類に気づいて「あら、あなたもサイクリストなのね!」と話しかけてきた。彼女の名前はキャロシーちゃん、アメリカ人だった。


キャロシーちゃんは昨日雨の中この町にやって来たけど、昨夜はここのドミトリーが満室だったため近所のバックパッカーズ・ホステルに泊まって、今夜はここに泊まるそうだ。わざわざ荷物をまとめて宿を移動するということは、当然この国のYHAの自転車旅行者割引を知っているからだろう。キャンプ道具を積んでるのでこの国のキャンプ場談義になったが、ホリデイパークやモーターキャンプ場のキッチンの設備がどこも素晴らしいので、軽量化のために自炊道具は全部家に送り返してしまったそうだ。潔いなぁ…。僕もよっぽどチヒロの家に送ろうかと思ったけど、けっきょく今だに持っている。

キャロシーちゃんはなにせ4サイドバッグ装備なのでロードバイクにしては太いタイヤを使っていたけど、僕が「パンクはしなかった?」と尋ねると、すかさず木の壁をコンコンとノックして(たたりを避けるためのおまじない)、「その言葉(puncture)は使っちゃダメ! 私は絶対使わないようにしているの!」と怒られたので、「ごめん」と謝った(笑)。なるほど、そういうパンク対策もあるんだ。ひょっとしてアメリカの女性サイクリストの前では全員「puncture」が禁句だったりして…(笑)。キャロシーちゃんはこれからウエストコースト回りで南下するようなので、僕からのアドバイスとして、ミルフォード・サウンドはサンドフライ地獄だから絶対キャンプはしない方がよいと言うと、「わかったわ!」と笑っていた。

キャロシーちゃんとしゃべったり(彼女は自転車と荷物を宿の倉庫に預けて近所でやっているサタデーマーケットを見に行った)、手の空いたクミさんとしゃべったりしているうちに遅くなり、YHAネルソンを出発したのは8時50分くらいだった。


スタート後、最初のうちこそ海が見えていたのだが、10kmも走らないうちに海は見えなくなり、あとは見慣れた景色が続いた。ただネルソンという大きな町の中心地に4泊もしていたので、羊や牛を見るのはちょっと久しぶりで新鮮だった。と思ってたら今日最初の峠、Whangamoa Saddle(標高357m、「saddle」は自転車のサドルと同じだが、日本の山でいうところの「鞍部」のことだろう)への上りが始まってしまい、以後の景色は日本の山と何ら変わらないものになってしまった。道の感じは和歌山の高野龍神スカイラインにちょっと似ていたが、高野龍神スカイラインよりはるかに標高が低いので景色はちっとも良くなかった。

上の3枚が平地を走ってる時の写真。下の3枚がヒルクライム中の写真。



最初の峠、Whangamoa Saddleに着いたのが11時15分頃だった。今にも雨が降り出しそうな天気でどうなるかと思ったが、幸いその後は良くなった。


上りはくねくねしたワインディングロードだったが下りはかなり直線的だったので高速ダウンヒルを楽しんでいると、向こうからオランダ人サイクリストのマークさん&コニーさん夫妻が上ってきたので、僕から反対側に渡って15分くらい話をした。お二人は昨日は雨の中をピクトンからハブロックまで走ったらしい。オークランドからスタートして北島を南下してきたらしいが(北島の車の多さに辟易して最後は電車で移動したと言っていた)、今月29日にはオランダに帰るそうで、南島は今回はピクトン~ハブロック~ネルソン~ウエストポート~グレイマウス~クライストチャーチの予定らしい。意外にも南島で自転車旅行者と会って話すのは僕が初めてとのことだった。何年か前に東京と京都を旅行したことがあるらしく、僕が大阪だと言うと地名だけは覚えてると言っていた。


マークさん&コニーさん夫妻と別れてWhangamoa Saddleから下った後、今度は2つめの峠、Rai Saddle(標高247m)への上りが始まったが、標高差が少ないのでここはわりとすぐに到着した。そしてここでちょっと休憩している時、向こうからサイドバッグ装備の自転車を押しながら、ゆっくり歩いて上ってくるサイクリストが現れた。自転車旅行者が向こうからやって来る度に、いつも次はどこの国のどんなサイクリストかとワクワクするのだが、はっきり言ってその人は歩くのもかなり遅かったし、そもそも押さないと上れないような坂でもない。もしかしたらかなり高齢者かもしれないと思ったら、やはりそうだった。なんと自転車歴60年(!)、御年81歳のカナダ人サイクリスト、 ウィリーさんという方だった。


ご高齢だとは思ったが、81歳にはとても見えず、70歳くらいかと思った。ただ、サイドバッグは後ろだけで、見たところテントや寝袋までは積んでおられないので、荷物はそう重たいわけではないと思われる(やったことない人にとってはめちゃくちゃ重たいと思うけど)。にもかかわらず、この峠を上るのに降りて押さないといけないとなると、次のWhangamoa Saddleには相当な時間がかかりそうだし、今後もよくコースを選ばないと、もっとしんどい峠がこの国にはいくらでもある。大丈夫だろうかと思わず心配になったが、なんとウィリーさんはニュージーランドにはもう10回以上も来られているそうで、かなり詳しかった。それなら無理だと思う区間はバスで移動されるだろう。今回は12月1日から1月5日まで滞在予定だという。ウィリーさんに鉄人児玉さんの写真を見せて、「僕の最高齢の自転車仲間です。76歳で年間17,000km以上走るんですよ」と言うと、「彼も日本人なの? 17,000kmとはすごいねぇ」と驚いておられた。確かにウィリーさんにはもう児玉さんほどの肉体的な若さは残っていないかもしれないが、いくら英語に困らないとはいえ、81歳で一人で海外長期ツーリングをしようという精神的な若さは児玉さん以上かもしれない。若い頃からツーリング志向だったようで「タイは物価が安くて良かったよ」と僕にタイ自転車旅行を勧められた。

ウィリーさんは日本には観光旅行では来られたことがあるそうだが、自転車には乗らなかったらしい。「日本は国土に対して人口がちょっと多すぎるよね。日本でサイクリングをするのは楽しいかい?」と聞かれた。これはよく外国人サイクリストから聞かれることなのだが、僕はいつもこう答える。
「僕が日頃日本で楽しんでるのは日帰りツーリングです。ごく短期間で場所を選んで走るなら日本には美しい場所がたくさんあります。でももし自転車で日本中を旅しようと思ったら、日本には大きな町がたくさんあるので、そういう場所では交通量が多すぎて不愉快な思いをするでしょう」
読者の皆さんならどう答えますか?


僕が4泊して今朝出発したネルソンのYHAまで走るというウィリーさんと別れ(ウィリーさんに「この国のYHAは自転車旅行者には安いからお勧めだよ」と言われたので、「もちろん、よーく知ってます!」と答えた.笑)、2つめの峠Rai Saddleから下ってくると、Rai Valleyの集落にコンビニ兼カフェがあったので、ここでサンドイッチとパイと見たことない炭酸飲料を買って昼食休憩にした(クミさんはハブロックまで店は全然ないかもしれないと言っていたけど、峠越えが始まる前にも1軒あった。ただし日曜日は閉まってるかもしれない)。


昼食後は快晴の中、牧歌的な風景を眺めながらのんびりサイクリング。



走行距離も70kmを越え、今日の目的地ハブロックまであとわずか。



ハブロックの町に到着。海はまだ全然見えないのに、川にしか見えない港にはクルーザーがたくさんあった。



そして15時30分頃、YHAハブロックに到着した。クミさんから聞いてはいたけど、ここは自転車旅行者割引が利かず、ドミトリーは1泊25NZDだったが(YHA会員以外は28NZD)、25NZDはこの国のバックパッカーズの相場だから文句はない(この宿はYHAの直営ではなく、アソシエートとか)。他のYHAと違って宿泊者が非常に少なく、ここならクリスマスでも予約なしの飛び込みで泊まれるんじゃないだろうかと思った。川にしか見えない港(このあたりは複雑に入り組んだリアス式海岸になっていて、英語では「サウンド」と呼ばれる「入り江」だ)にあんなにたくさんクルーザーが停泊しているところを見ると、ここは金持ちの別荘地だったりするのかもしれないが、町を少し歩いてもバックパッカーらしき旅行者はほとんど歩いていない。観光シーズン真っ盛りのニュージーランドで、アコモデーションやカフェ、レストランなどもけっこうあるわりには閑古鳥が鳴いてるように見えるけど、もし違ってたらごめんなさい。


この宿のキッチンとダイニングルームと飼い猫。猫がかわいい。


ハブロック・ミュージアムの前にあった古い機関車。


ドミトリールームの9号室に入ると先客は誰もおらず、ビールが飲みたい僕は、夜中にトイレに行きやすいようドアに一番近いベッドで寝ることにした。ツイッターにここまでの出来事をアップした後、さっそくスーパーマーケットの「4 SQUARE」にビールを買いに行くと、ビールの値段設定がめちゃくちゃなことに呆れた。330ml缶12本入りのケースが15.99NZDなのに、330ml瓶1本をバラで買うと3.50NZD! さらに330ml瓶6本入りのケースが13.49NZD。銘柄による差も多少はあるし(ただし発泡酒というのはない)、たくさん買った方がおトクというのはわかるけど、それにしても1本ずつ買ったら3倍近く高いなんて、どうかしてるよ…(笑)。今夜もし誰かと仲良くなったら振る舞おうと思い、仕方なく330ml缶を12本買った。もし誰とも仲良くならなかったら余った分は意地でも次の宿泊地まで持ってってやる(笑)。


今夜の晩ごはんは朝の残りのパンと缶入りシチューと、またしてもリンゴと、ビール。


今いるハブロックからピクトンにかけては三重県の英虞湾(あごわん)のような複雑に入り組んだリアス式海岸で、ここをクルージングするのが人気らしいが、ミルフォード・サウンドのクルージングよりはるかに値段が高く、しかもなぜか火・木・金のみ。


この宿の受付はこの町の観光案内所も兼ねていて、僕が19時頃に夕食を終えた時にはもう閉まっていたので、この後に宿泊希望者がやって来たとしてもここには泊まれないだろう。どうも今夜は6人部屋に僕一人で泊まれることになりそうだ。相部屋で寝るのはもはや苦でもなんでもないけど(たまに苦にさせる奴もいるけど)、やはり「個室」というのは嬉しいものだ。ビールを飲みながら洗濯&乾燥しつつ、今日の日記を書き始めた。


22時半頃、キッチンでてっきり宿泊者だと思っていたマレーシア人の女の子と話したら、彼女がやたらニュージーランドに詳しいので「どのくらいニュージーランドにいるの?」と尋ねたところ、「2年半。私はここで働いてるのよ」と言うではないか。しかも彼女は僕がやはり宿泊者だと思っていた他の連中とも親しいので、もしかしたら僕の他はみんな従業員で、客は僕だけなんじゃないかと思うようになった(笑)。そのくらいこのYHAハブロックは流行っていない。「地球の歩き方」にもここハブロックは載っていないので、日本人は自転車旅行者くらいしかこの町に泊まりに来ることはないんじゃないだろうか?(笑)

日記が長くなってきたので続きは明日の朝書くことにして、23時過ぎにベッドに潜って寝た。

一人旅のアメリカ人、キャロシーちゃん
アメリカ人サイクリストのキャロシーちゃん

オランダ人夫婦のマークさん&コニーさん
オランダ人夫婦のマークさんとコニーさん

ニュージーランド長期ツーリング<54日目 雨のネルソン編>

雨のネルソン。傘をさす欧米人は少ない。
雨のニュージーランドはただでさえ寒いが、傘をさす欧米人は少ない。

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目が覚めたのは6時20分くらいだった。昨晩は5人部屋に5人で寝ていたが、3夜連続同室だったイギリス人サイクリストのジャックさん以外は、ジャックさんの上で寝ていた同じくイギリス人の青年としか言葉を交わしていない。オーストラリアからニュージーランドに来たばかりだそうで、滞在期間も欧米人にしては短く、大晦日にはイギリスに帰ると言っていた。ジャックさんも彼も朝早いバスで移動するみたいで(ジャックさんはクライストチャーチに行くと言っていた)、2人とも7時半までには荷物をまとめて部屋を出ていってしまった。残ったあとの2人は昨夜僕が寝るまで部屋に戻ってこなかったので、どこの誰かは全然知らない。この部屋は男性専用相部屋だから、アメリカ人のアンシェルちゃんやドイツ人のエヴァちゃんみたいな美人バックパッカーが同室でもないかぎり、最近はもう誰が同じ部屋で寝ていようと気にもならない。

外を見ると強い雨だったのでほっとした。本当は今日出発したかったのだが、天気予報が雨だったので昨日の夕方に早々と連泊を決めたのだ。そういう時は朝からおもいきり降ってくれないと後悔する(笑)。この調子で夜まで降り続けて、明日からは晴れ続きで頼みます!(明日からの予報もそう良くはないのだが、今日よりはだいぶマシだし、ニュージーランドの天気予報はコロコロ変わるし…)


朝食は「カップヌードル」ならぬ「ヌードルカップ」と小さいリンゴ4つ。本家カップヌードルの方がはるかに美味いっす!


朝食後、ラウンジルームにいたら、この宿にエクスチェンジとして滞在中の日本人の女の子(家は大阪の堺)が来て、「朝のリフレッシュです」と言いながら譜面も見ずにピアノを弾き始めた。それが彼女の日課らしい。1曲目が北野武監督の映画「菊次郎の夏」のテーマ曲(作曲は久石譲)だったのでちょっとびっくりして、「それって久石譲の『菊次郎の夏』やね?」と言うと、「えっ、はい、そうです!」と彼女も曲名を言い当てられてびっくりした様子(TVでよくBGMとして使われてる曲なので聴けばわかる日本人は多いと思います)。9月からワーキングホリデーでニュージーランドに来た彼女はまだ20代前半だが、中学生の時に2週間だけ交換留学生としてニュージーランドに来たことがあるんだそうだ。この宿には日本人のエクスチェンジが6人くらいいるけど、大阪同士ということもあって彼女が僕に対して一番フレンドリーでしゃべりやすい。


ラウンジルームで昨日の日記を書き上げてブログにアップした時にはもう11時を過ぎていた。昨日はほとんど何もしていないようなものなのだが、基本的に文章を書くことが好きなので、ヒマな日はヒマな日でかえって日記が長くなってしまったりするので困ったものだ(笑)。

ブログを更新した後、外はあいかわらず強い雨だったがレインスーツを着て傘をさして、ちょっと外を出歩いてみた。寒い。ニュージーランドは夏真っ盛りなのだが、雨が降ると南島最北のネルソンでもやはり寒く、気温は18~19℃。それでも傘をさして歩く欧米人は非常に少なく、せいぜい3割くらいではないだろうか。昨日、イギリス人のジャックさんが小雨の中ウォーキングから帰ってきた時に、「雨は大丈夫だった?」と聞いたら、「ちょっと濡れただけだよ。こんなのなんでもない」と言うので、「日本人は雨に濡れるのが大嫌いなんだ。日本じゃこのくらいの雨でもみんな傘を差して歩くんだよ」と言ったら大いに笑われたけど、ほんま欧米人って小雨なんか全然気にせえへんねんなぁ…。


昼メシはSUBWAYのサンドイッチ。以前ダニーデンでSUBWAYに入った時もそうだったが、この店で注文するのは僕にはなかなか敷居が高く、店員が矢継ぎ早にいろいろ質問してくるので意味がわからないまま「Yes.」と言ってしまう。


アジアンフード・ストアで「緑のたぬき」を見つけて買おうと思ったら6NZDもしたので唖然。立ち食いそばより高いやんけ! 誰が買うか! なぜか「赤いきつね」は5.70NZDだった。


「緑のたぬき」も「赤いきつね」もあきらめて、「出前一丁」を4種類買った。出前一丁は早く食べないと自転車に乗ってるうちにボロボロになるのであまり買いたくないのだが…。


宿に置いてある日本人向けのニュージーランド雑誌「Gekkan NZ」。北島のオークランドに編集部があるらしい。


夕方、カイコウラのYHAを12月23日~25日の3泊予約した。ジャックさんの話だと海が目の前にあって最高のロケーションらしいが、X'masでも自転車旅行者割引が適用され、3泊で57NZD(3600円くらい)。あー、幸せ…。日本に帰った後も僕はこの国のYHAには足を向けて寝られない。ということはニュージーランドに足を向けて寝られないということになるな…(笑)。23日までにカイコウラに着くのは全く問題ないだろう。たとえ雨続きで、たとえバスが予約でいっぱいだったとしても、ピクトン~カイコウラ間には電車も通っている。カイコウラ~クライストチャーチ間も2泊3日なら全然問題ないはずだ(同じく電車もあるし)。26日と27日の宿泊場所は海から離れた小さな町のモーターキャンプならなんとかなるんじゃないだろうか。


YHAネルソンの受付には今日も日本人スタッフのクミさんと、もう一人今日初めて見る男性スタッフがいた。スポーツマンタイプだがすごく痩せていて、なんとなくローディっぽかったので、「この人がネルソン~タカカ間を4~5時間で走っちゃうサイクリストのマネージャーさんですか?」と日本語でクミさんに尋ねると、違うとのことだった。アマチュアレーサーのここのマネージャーさんは、今日は陪審員として裁判所に行っているらしい(ニュージーランドの裁判は陪審員制)。

今日の晩ごはんはスーパーで安売りしてた出来合いのサラダ3種類と7.99NZDの安ワイン(NZ産ではなくオーストラリア産)と、カマンベール。


夕食後はラウンジルームでワインをちびちび飲みながら今日の日記を書き始めた。22時を過ぎたところで部屋に戻ると、もう電気を消して寝ている人が2人もいたので、明日の出発準備ができなくなってしまった。今日は汗をまったくかいていないのでシャワーは明日の朝浴びることにして、安ワインで酔っていたので、日課となっている桂米朝全集を聴きながら、22時半過ぎには寝た。落語を聴くといつも心地よく眠れるため、オチまで聴いたことがほとんどない(笑)。

日本では「出前一丁」は何種類売ってるの?
「出前一丁」だけはよく見る日本のインスタントラーメン

ニュージーランド長期ツーリング<53日目 ネルソン市内でグダグダ編>

マレーシア人のご夫婦が営む寿司の屋台
マレーシア人夫婦が営む寿司の屋台

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目が覚めたのは6時頃だっただろうか。昨夜はイギリス人のおじさんとスイス人のダン君と僕の3人でこの5人部屋を使っていた。ダン君が一番先にベッドから起きて、そのまま荷物をまとめて部屋から出ていった。朝早いバスで次の町に移動するんだろう。僕はベッドの上に寝転んだまま昨日の日記を書き、ブログにアップしてから起き出した。

イギリス人のおじさんも起きたので話してみると(2晩同室だったのに今までほとんど話す機会がなかった)、ヨークシャー地方在住のジャックさんという人で、年齢は60歳くらいに見えるけど聞いていない。実はサイクリストであることも判明し、イギリスで乗っているロードバイクとMTBの写真も見せてもらったが、青色が好きらしく、フレームは両方ともブルーだった。ただニュージーランドでは自転車旅をしているわけではなく、ここネルソンではもっぱらウォーキングを楽しんでいるという。


ジャックさんは自転車に乗りたい時だけ宿や自転車屋でMTBをレンタルし(少なくともMTBならニュージーランド中どこでも借りられる)、あの150kmのオール未舗装の自転車道「Otago Central Rail Trail」もレンタルMTBとレンタルパニアバッグで走ったという。僕は2泊3日であそこを走ったが、彼は2日で走りきったというからすごい。僕とは逆にミドルマーチからスタートしたそうで、初日のランファーリーまでの60kmはずっと上り基調だし、2日目のクライドまでの90kmは大半が下り基調とはいえ、あそこは下りでもしっかり脚を回す必要があるので、90kmもあのガタガタ道を走り続けるのはやはりしんどかったとのこと。僕が「これが僕の自転車だよ」と言ってリンディス峠で撮った写真を見せると、その荷物の多さを見て「こりゃ自転車と荷物(bicycle with luggage)じゃない、荷物と自転車(luggage with bicycle)だよ」と笑っていたので、本格的な自転車旅はしたことがないようだ。

僕が1階に降りてダイニングルームでパンと紅茶で朝食を取り始めたのは9時前だった。ジャックさんは紅茶を飲みながら今日歩くコースを入念にチェックしているようだった。昨日僕が行ったニュージーランドの中心点「CENTRE OF NEW ZEALAND」をはじめ今日も数時間歩く予定とのこと。なかなか日本の自転車乗りはそこまで歩く気になるもんじゃない。

僕の方はといえば昨日の日記をとっくにブログにアップしたのに、朝からずっと「現在アクセスが集中しています」となったままでまったく閲覧できなかったので、朝食の間ずっとイライラしていた。おまけにジャックさんから「明日はかなり大量に雨が降るそうだよ」と教えられ、明日はハブロックまで74km走る予定だったが、どうしたものかと早くも悩むことになった。すでに今日の空模様も怪しいし(それでもジャックさんはウォーキングに行く気満々。欧米人は小雨など気にしない)、当てにならないニュージーランドの天気予報も悪い予報ならたぶん当たるだろう。峠越えもあることだし、朝から雨ならニュージーランドに来て初の4連泊とするか…。


朝食後は宿で洗濯と乾燥。洗濯機は3NZDで、乾燥機は25分2NZD(25分で乾かないような服は持ってきていない)。ニュージーランドの町にコインランドリーはほとんどないが、それは宿にもキャンプ場にもコイン洗濯機とコイン乾燥機が置いてあるからで、日本のようにコインランドリーを探し求める必要がないので洗濯に関しては本当に便利だ。

11時過ぎ、日本の100均で買った衣類圧縮袋がずっと破れたままだったので(衣類圧縮袋は防水のためにもよい)、この宿でエクスチェンジをしている日本人の女の子にどこかに売ってないかと聞いてみると、売ってるかどうかは知らないけど2ドルショップなら近くにあると教えてもらい、外に出た。

2ドルショップはけっきょくどこにあるのかわからなかったけど、マレーシア人夫婦がやっている寿司の屋台を発見し、ブログのネタにと思い食べてみることにした。サーモンとアボガドの巻き寿司が4個入りで4NZD、8個入りで8NZD。ちょっと高いけど、10月28日の朝にチヒロが炊いてくれたご飯を食べてクライストチャーチを出発して以来、実に50日ぶりくらいとなる白米と醤油が美味しかった。このマレーシア人ご夫婦は2年前からここネルソンの中心地で店を出しているそうだ。ご主人はかつて10年以上日本に住んでいたことがあり、日本語がすごく上手くて(奥さんは日本語はしゃべれない)、外国人の寿司屋でも好感が持てた。聞かなかったけど日本の回転寿司屋でバイトでもしてたんだろうか?



本当は午後から19世紀の町をそっくり再現しているらしい「ファウンダーズ・ヒストリック・パーク」という観光地まで歩いて、6代続く老舗ブルワリーが16世紀からドイツに伝わる製法で造っているというビールを飲んで昼間から酔っ払おうと思っていのだが、町を歩いているうちに小雨が降り出してきたので、スーパーマーケットで買い物だけして12時半頃には宿に戻ってきてしまった。昼メシは久しぶりにカップラーメンと、朝の残りのパン。昼食後はビールを飲みながら、久しぶりにヒマだと感じた。

4日前の朝この宿を出発する時に会った日本人の女性スタッフ、クミさんが受付にいて、僕のことを覚えてくれていた。僕に「タカカまで4~5時間で着きますよね?」と言った恐ろしい女性なので(笑)、9時間以上かかったと言うとびっくりしていた。さぞかし遅いと思われてるのかもしれないけど、これでもタカカで会ったドイツ人のサイクリスト夫婦からは「僕達はネルソンから2日かけてここまで来たんだ。1日で来るなんて君を尊敬するよ」と言われたんだからね(笑)。そのクミさんと話していて、明日はこの宿のドミトリーが予約でいっぱいであと1人分しか空きがないので、朝になって雨が降ってるのを見てから連泊を決めるのでは遅い可能性が高いと言われた。明日の天気予報は1日中雨らしいが、さりとて明後日の予報が良いわけでもなく、どうしようかと迷いに迷った。「18時までなら無料でキャンセルできますけど予約します?」と言われても、18時の時点で明日の朝の天気などわかるわけがない。けっきょく明日の夜もここに泊まることにした。本当は別の部屋しか空いてなかったらしいが、部屋を移動しなくてもいいようにコンピュータの予約状況を操作してくれた。


クミさんにクリスマスはどうするのかと聞かれた。もちろん宿泊場所はもう確保してあるのかという意味だ。まだですと答えると、「本当に今から予約しとかないと、どこも泊まるところがなくなりますよ」とのこと。キャンプ場のテントサイトなら大丈夫じゃないかと言うと、甘いとキッパリ否定された。隣にいたニュージーランド人の女性スタッフも、「ニュージーランド人はクリスマスにキャンプするのが大好きなの。クリスマスだけじゃなく年末年始はどこのキャンプ場もいっぱいよ」と言われ、また悩んでしまう。何が起こるかわからない自転車旅で数日先の予約までするのは、僕はどうしても抵抗を感じてしまうのだ(それに「行きあたりばっ旅」こそが本当の旅だとも思ってきた)。でもここから先は計画通りに移動するようにしないと、野宿するしかなくなるのだろうか…(ニュージーランドには野宿をしてもバレない場所ならいくらでもあると思うが、野宿をしてもよい場所というのは基本的にない)。

この町の図書館はWi-Fiフリーなので明日は図書館に籠もろうか?


今日もニュージーランドの駐輪風景を写真に収めて回る自転車バカは、通行人から怪しい目で見られたのであった。


午後からずっと小雨が降っていたけど、夕方からはかなり強い雨になった。どうせ明日もここに泊まることにしたんだから、明日も盛大に降り続けて明後日から晴れ続きになって欲しい。晩ごはんはビールと缶入りシチューとおツマミのナッツ&ドライフルーツ(ミックスしたものがスーパーにたくさん売っていて、欲しい分を自分でショベルですくってビニール袋に入れ、レジに持っていく)。写真は撮るのを忘れた。

いつもは夕食後もそのままダイニングルームにいるのだが、今日は場所を変えてインターネット/テレビルームでいろいろ考え事をしていた。今後の予定について考える際、いよいよ帰国後のことまで考えないといけなくなってきて気が重いな…(笑)。現実に戻る日のことを考えると旅が楽しくなくなってくる。「もう少しで日本に帰れる!」などという嬉しさはまったくない。部屋に戻って寝たのは23時頃だった。

追記
長く旅をしていると、旅に持ち運べる物しか欲しくなくなってくる。10月28日にクライストチャーチを出発して以来、食べ物や飲み物を除けばほとんど同じ荷物だけで毎日生活している(まだ一度も使っていない物すらある)。つまり、僕はこれだけあれば生きていけるのだ。それなのにあれが欲しい、これが欲しいと物欲にまみれて生きてきた。物欲とはなんとくだらないものかと思う。いま欲しい物といえば防水サイドバッグと新しいレインスーツ、iPhone4もちょっと欲しいな。iPadもあと300g軽ければ読書用に欲しい。逆に一番要らない物は、大型液晶テレビだな(笑)。

ニュージーランドの宿やネットカフェ、図書館などに置いてあるPCは、日本語は読めるものの、普通は書けない。日本語が書けないと僕にとっては魅力がないのでほとんど使ったことがない(とツイッターに書いたら、こんなサービスがあると教えてくれた人がいた)。その点、アルファベットを使う国はやっぱり便利だよなぁ。あと、欧米人はしょっちゅう宿でビデオチャットをしている。

僕のこの旅日記を毎日読んでいる人の中には、80kmとか120kmもの間に町も店も全くないとかいうのを読んで、「私はこの人より体力がなさそうだから無理だ」と思っている人もいるかもしれないけど、1泊2000円以下の宿泊場所にこだわらなければ(ここまで泊まった場所では1泊35NZDが最も高かった)、ニュージーランドには町のない場所でも何らかの宿泊施設があるのでご安心を。予約は必ず必要かもしれないけど、日本の旅館と同じくらいの宿泊料かと思います。

僕が北海道旅から愛用している最強タイヤ、スペシャライズドの「アルマジロ」は、パンクしないどころか本当に空気が抜けにくくて、25kgくらいの荷物を積んで走ってるのに、日本を出る前にパンパンに空気を入れた後は、ニュージーランドに来てからただの一度も補充していない。たぶん最後まで保つだろう。

3夜連続同室のイギリス人サイクリスト、ジャックさん。
3夜連続同室のイギリス人サイクリストのジャックさん

ニュージーランド長期ツーリング<52日目 ネルソン市内探索編>

ニュージーランドの中心点にて
ニュージーランドの中心で、愛をさけぶ

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目が覚めたのは7時過ぎだった。今日はもう何もしないで一日中宿にいてもいいかなくらいの気持ちだったので、ベッドの上でのんびりと昨日の出来事をツイッターにアップしていった。向かいのベッドで寝ているスイス人バックパッカーのダン君は9時半を過ぎた頃にようやく起き出した。連泊するのかと聞いたら、そうだとのこと。僕も連泊するので今夜も彼と同室だ。

キッチンに行って朝食を食べ始めたのは9時50分頃からだった。昨日、今回の旅では北島にはもう行かないことに決めたので、これからはクライストチャーチまで時間をかけてゆっくり戻ればいい。移動を繰り返すだけの旅には少々飽きてきていたので、これからは移動先ではすべて連泊してもいいくらいの気持ちで残りの旅を続けたいと思う。最後はクライストチャーチに戻ってチヒロの家に預けてあるスーツケースと自転車用の段ボール箱を引き取り、クライストチャーチのYHAかバックパッカーズ(日本人経営の宿もあるらしい)に泊まって新年を迎え、1月1日にクライストチャーチ~オークランド~関空で日本に帰る予定だ(関空到着は2日)。海外で新年を迎えるのは人生初で、今年はUG兄さん主催の年末恒例イベント「石川ポタ」にも参加できないし、喪中でもないのに年賀状も年内に出せない。

今いるネルソンという町は位置的にニュージーランド南北の中心地らしく、午後からはその中心点「CENTRE OF NEW ZEALAND」に行ってみることにした。 宿から近くて距離的にはポタリングにもならないくらいなのだが、市内が一望できる山の上にあり、そこまでMTBを押して上るのは荷物を積んでいなくてもかなりの重労働で(もちろん下に駐めといてもいいのだが…笑)、暑かったのですっかり汗だくになってしまった。




何分くらいかかったか覚えてないが、すべて押して上り、ようやく「CENTRE OF NEW ZEALAND」に到着した。僕がいる間、ドイツ語をしゃべるカップル(ドイツ人とは限らない。スイス人もオーストリア人もドイツ語だ)の先客がいただけで、他には誰も来なかった。ネルソン市内を一望できるこの場所から海を見ると、その色は沖縄の海みたいだった。ここからも見える「ボルダーバンク」という砂州が天橋立に似ていると言われることからネルソンと宮津市は姉妹都市らしいのだが、少なくともここから見ただけでは「一体どこが?」って感じだった。ただまあ、後で宿にあるボルダーバンクのポストカードを見ると、プロのカメラマンがベストポジション(たぶん空撮)から撮ってるだけに、少しは姉妹都市になった理由も理解できないわけではない。もしかすると宮津市民のほとんどはネルソンのことを全然知らないかもしれないけど、ネルソンには「ミヤヅ・ジャパニーズ・ガーデン」という観光地もあるらしいので、ネルソン市民は宮津の名前だけは知ってるかもしれない。




帰りはMTBで通ってもよいシングルトラックで下山した。僕のタイヤはパンクもしなけりゃ空気もなかなか抜けないスペシャライズドの最強タイヤ「アルマジロ」ではあるものの、ブロックタイヤというわけではないし、おまけに僕はMTBで旅をしているだけの偽マウンテンバイカーなので、恐る恐る下って町に戻った。



自転車レーンで宿に戻ろう。


この町の駐輪風景。ママチャリのない町は本当におしゃれだ。




大きな自転車屋にも入ってみたが、タンデムもトレーラーも在庫してるのでびっくりした。さすが自転車先進国!



本屋さんがこの自転車に本を積んで配達するみたい。「ECO-DELIVERY」だって。


晩ごはんはスーパーマーケットで買った出来合いの料理とコールスロー。なかなか美味しかった。



ネルソンの商店街では軒下に花がたくさん吊るされていて、夜は水がポタポタと落ちている。



「バックパッカーズ・ホステル」は略して「BACKPACKERS」と呼ばれ、日本人はさらに「バッパー」と略す。でも僕にとってバッパーと言えば、多くのジャズメンのことを指す。


明日の朝出発しようという気が湧いて来ないので、20時頃ここにもう一泊することに決めた。受付で「明日も泊まりたい」と言ったら「ちょっと待ってね、明日は部屋を変わってもらう必要があるかも…」と言われたので、それなら連泊はやめて出発しようかとも思ったが、無事同じ部屋に泊まれることになった。ネルソンが特別大好きになったというわけでもなく(チヒロは大好きな町のひとつらしい)、今の部屋が特別居心地がいいわけでもないのだが(コンセントが2箇所しかなく、しかもベッドから遠い)、僕は残りの旅をゆっくりと終えたいのだ。心配なのはクリスマスの前後をどう過ごすか。チヒロのメールによればニュージーランドはびっくりするくらいどこも店が閉まるという。また、アコモデーションもこれから学校が冬休み…じゃなかった、夏休みに入れば、人気のある宿やキャンプ場はどこも予約しないと飛び込みでは難しいかもしれないとのこと。何が起こるかわからない自転車旅だから数日先の予約まではしたくないのだが…。

21時半頃にシャワーを浴びて1階のダイニングルームに降りていくと、今夜もエクスチェンジとしてここに滞在する日本人のワーホリ中の若者たちが集まってしゃべっていたが、なかなか40代のおっさんが入っていける雰囲気でもなく、べつに入りたいわけでもなく、一人で6.99NZDの安ワインを飲みながら、あと何日でクライストチャーチに着こうかと考えていた。チヒロの仕事の都合に合わせて28日にはクライストチャーチに戻るつもりだ。

部屋に戻ったのは23時過ぎだった。昨晩も同室だったのにまだほとんどしゃべっていないイギリス人のおじさんは起きていたが、イヤホンで音楽を聴いていたので軽く挨拶しただけに終わった。スイス人のダン君はまだ部屋に戻っていなかった。ベッドに入って日記を書き始めたらすぐに眠くなり、続きは翌朝書くことにして、23時半過ぎに寝た。

NZではたまに男二人でタンデムに乗るローディーも見かける。
自転車先進国のショップにはタンデムの在庫がある。

ニュージーランド長期ツーリング<51日目 ゴールデン・ベイ~ネルソン編>

ゴールデン・ベイにあるタタ・ビーチは金色だった。
ゴールデン・ベイのタタ・ビーチは金色の砂浜だった。

(写真をクリックしていただくと、拡大画像をご覧いただけます。)
目が覚めたのは6時20分頃だったろうか。隣のベッドで寝ていたイギリス人のガレス君が同じくらいに起きて出発準備を始めた。彼は今日から2泊3日だったか3泊4日だったか忘れたけど、エイベル・タズマン国立公園の山小屋を泊まり歩くトランピングツアーを楽しむらしい。朝食は後でどこかで食べるんだろう、僕がパンを食べてコーヒーを飲んでいる間にそそくさと準備を済ませて出発していった(僕に「Don't cycle too much.」と笑いながら言い残していった)。東京で3年間英会話学校の講師をしていた彼は来年1月からまた東京に住むらしい。昨夜は日本とイギリスとニュージーランドの物価の話になり(外国人との話題で最も多いのが物価の話だ)、日本の100円ショップの素晴らしさについて話した。ニュージーランドに来て以来、日本で105円で買える物を4NZDとか5NZDで買わされ続けているので、毎日100円ショップが恋しくてたまらない(笑)。

8時40分頃に2晩泊まったタカカの「Annie's Nirvana Lodge」(YHAとBBHを掛け持ちしている宿は珍しい)をチェックアウトして、アキナさんお勧めの「タタ・ビーチ」を見に行くことにした。距離は10kmくらいで、途中にSMALL HILLが一つあるそうだが、「君にとっては全然たいしたことないよ」とスタッフのアレンさんが言うので荷物を全部積んで出発した。残念ながらアキナさんは見送ってくれなかったというか、起きてこなかった。タカカにはゴールデン・ベイがあるので来たのだが、けっこう海まで遠くて、一昨日来た時も昨日もこの町ではまったく海を見ていなかったが、ようやくタタ・ビーチに向かう途中で海を見ることができた。


SMALL HILLは本当にスモールだったので、昨日から新品になったフロントミドルでダンシングしながら上った。ミドルが使えることで劇的に走りやすくなったので、もっと早く交換すればよかったとまた激しく後悔しながら、45分ほどでタタ・ビーチに到着した。ゴールデン・ベイが「ゴールデン」と呼ばれる理由は、その昔この辺りで金が採掘されていたからだそうだが、タタ・ビーチはゴールデン・ベイの名にふさわしい金色のビーチだった。



タタ・ビーチから戻る途中で宿の冷蔵庫にビールを2本置き忘れてきたことを思い出し、取りに戻ったのでアキナさんとも会うことができた。そして観光案内所に行き、12時15分のバスを待ちながら昨日の日記を書き始め、ついでにゆで卵とパンを食べながらビールも2本とも飲んでしまった(おかげでバスの中でよく眠れた)。バスを待つ間に日本人のワーホリ中の女の子が2人やって来たので、しばし彼女達と話をした。それにしても3日も連続で日本語を話すのは一体いつ以来だろうか? バスは時間よりかなり早くやってきて(ここが始発だ)、ほぼ定刻通りに出発した。



ニュージーランドに来る前は国際運転免許証も取得してきたので、レンタカーに自転車を積んで移動し、目的地に着いてからサイクリングを楽しむことも考えていたのだが、マウント・クックのYHAでマネージャーのジェイソンさんが自分の名刺の裏に「LOW CARBON TRAVELLER」と書いて僕に渡してくれた時から(詳しくはこちら)、僕の中でレンタカーの選択肢は自然消滅した。ニュージーランドのレンタカー代はすごく安くて魅力的だけど、少なくとも今回の旅ではそれをやるわけにはいかないという気になった。「バスで何度も輪行してるのにLOW CARBONと言えるのか?」と思う人もいるかもしれないが、バスは僕が乗ろうが乗るまいが他の乗客を乗せて時間が来れば出発するのだから、僕一人がサイクリングを楽しむためだけにレンタカーを借りるのとも、マイカーで自転車を運ぶのとも全然違うと思っている。

ゴールデン・ベイからネルソンまで同じバスで行くのかと思ったら、途中のモトゥエカで大きな観光バスに乗り換えることになった。自転車はトランクの空いているスペースに自分で入れてくれと言われた。


ネルソンの観光案内所前でバスを降り、今日もまたすぐ近くにあるYHAにチェックインした。3日前と同じ「ルーム30」。このYHAのドミトリーにはこの国では当たり前の男女同相部屋(mixed)だけでなく、男女別の相部屋もあるのだが、ルーム30は男性専用の5人部屋だ。3日前と同じベッド(2段ベッドの下)が空いていたので、今回もそこで寝ることにした。自転車も3日前と同じく自転車倉庫(BIKE STORE)に入れた。


それとネルソンは大きな町なのに3日前は夜7時に着いて翌朝早く出発したため、まだこの町を全く見ていないのも同じだったので今回は2泊することにした。いや、もしかすると3泊するかもしれない。せわしない旅がそろそろ嫌になってきているのだ。肉体的な疲れとか精神的な疲れというよりも、夕方町に着いて翌朝にはもう旅立つというのが少々嫌になってきた。ニュージーランドに来てから50日間が経ち、さすがにここ最近は自転車で移動する間に見る景色に目新しいものがなくなってきている。「日本には絶対ない景色」を見たのはフォックス氷河村の氷河が最後だったのではないだろうか…。

そしてついに今日、重大な決断をした。ニュージーランド北島には行かないことにし、南島だけで今回の旅を終わらせることにした。北島の地図はもう1カ月以上も見ていないので、はっきり言って今は興味が薄れているし、今から急いで北島の良いところだけを駆け足で周るよりも、またいつかニュージーランドに来ればいいと思うことにした。これが最初で最後のニュージーランド旅行だと思う必要などどこにもないのだ。

宿に着いた時、YHAの中のWi-Fiが調子悪くてなかなかつながらなかったので、仕方なくまたマクドナルドに行ってビックマックセットを注文し、昨日の日記を書き上げてFREE Wi-Fiでブログにアップした。

宿の近くの自転車屋は5時半で閉まる。ニュージーランドではこれが普通。もっと遅くまで店を開けた方が自転車で帰宅途中の客が増えて売上が伸びるとわかっていても店を閉めて家族との時間を大切にするのだ。


夜、スーパーマーケットでビールとおツマミを買い、キッチンでソーセージを炒めてダイニングルームでビールを飲んだいたら、日本人の若者が5人くらいやって来た。みんなワーホリ中で、ここでエクスチェンジとして働いているんだという。夜遅くまで日本人同士 で仲良く話しこんでいたけど、こんなところにずっといたらあまり英語も上達しないんじゃないだらうか…。


今夜の同室者はスイス人の若者とアメリカ人のおじさんと、あとの2人はどこの誰か知らない。アメリカ人のおじさん(名前は忘れた)はシアトル在住だそうで、当然イチローの話題になった。僕が「彼はマリナーズでキャリアを終えるんじゃないだろうか」と言うと、おじさんは「いや、最後の1~2年は日本のチームでプレーするんじゃないか」と言う。「イチローは日本でもファンが多いのか?」と意外な質問もされた。「もちろん。現在の日本のスポーツ界ではナンバー1のスーパースターだよ」と答えた。

シャワーを浴びた後、またキッチンに行ってもう1本ビールを飲み、0時過ぎに真っ暗な部屋に戻って今夜も落語を聴きながら寝た。

ニュージーランドで4度目のバス輪行
4度目のバス輪行

ニュージーランド長期ツーリング<50日目 ゴールデン・ベイで自転車修理編>

ゴールデン・ベイの自転車屋のご夫婦
ゴールデン・ベイの自転車屋「静かなる革命」のご夫婦

(写真をクリックしていただくと、拡大画像をご覧いただけます。)
目が覚めたのは5時過ぎだった。寝たのは1時前だったので5時間も寝ていないが、昨夜はツイッターも更新しないまま寝てしまったのでそのまま起きることにし、ダイニングルームに移動して紅茶を飲みながら昨日の出来事を28回連続でツイッターにアップしていった。

僕がニュージーランドから毎日 iPhoneひとつでどうやってこの写真満載のブログを更新しているかと言うと、まずツイッターに写真と写真説明をどんどんアップしていき、次にツイッターをブログ化してくれる日本のサービス「Twilog」から貼付けコードを取得し、その貼付けコードをiPhoneのメモ帳アプリで編集していつもの長い日記にし、自分のブログにアップしている。ツイッター抜きで最初からブログだけで同じことができればよいのだが、残念ながらFC2ブログのiPhoneアプリは極めてシンプルな使い方しかできない。

ダイニングルームにいると、まだ朝の6時過ぎだというのに漫画好きのフランス人・ヴィンセント君を始め、何人もの宿泊者が荷物を持って出発していった。欧米人にしては驚異的な早さなのだが、夏期シーズンのみネルソン行きのバスが6時45分に観光案内所の前から出るらしく、みんなそれに乗るようだ。フランツ・ジョセフ、ネルソン、ゴールデン・ベイとYHAで3回一緒になったヴィンセント君(同じ部屋で寝たのは昨夜が初めてだった)と「またどこかで会おう」と握手して別れたが、彼と会うのはたぶんこれが最後だという気がした。

朝食は缶入りのパスタと昨日買った小さいリンゴを4つ食べた。その後は昨日の日記を書いてブログにアップした。午前中はそれで大体つぶれてしまったが、外は雨こそ降っていないもののかなり怪しい空模様で、昨日の疲れもたっぷり残っていたので、今日は休養日と決めていた。この宿の日本人スタッフ、アキナさんが掃除や各部屋のシーツ交換をまじめにしていたので、時々話しかけて邪魔してみたりもした。

この宿のブサイクな飼い猫クラッフィの、そのブサイクさがかわいい。


午後はこの町の自転車屋を訪ねるつもりをしていた。こちらに来てすぐ自転車の調子が悪くなり、一度クロムウェルの自転車屋に持っていって修理してもらったのだが、その後また同じ症状が出てきて、それ以降一度も自転車屋に行かずに旅を続けてきた結果、当然さらに調子が悪くなった。昨日のネルソン~ゴールデン・ベイの約110kmでついに限界を感じていた。

宿のすぐ近くにある、この町で唯一(だと思う)自転車屋の名は「THE QUIET REVOLUTION CYCLE SHOP」だった。なぜ自転車屋の屋号を「静かなる革命」などという深遠な名前にしたのか興味はあったが、深遠な理由を英語で説明されてもどうせわからないだろうと思い、この店はなぜか自転車だけでなくギターまで売っていたため、きっとここの店主はアマチュアミュージシャンで、「静かなる革命」は彼のバンド名なのだと思うことにした。僕の高校時代に「QUIET RIOT(静かなる暴動)」というアメリカのヘヴィメタバンドが人気があったからだ。

店に入ると50代後半~60代前半と思しき人の良いおじさんとおばさん(確認はしてないがどう見ても夫婦だった)がいた。おじさんに自転車の症状を説明して「ちょっと乗ってもらえばすぐわかると思います」と言うと、おじさんは「よし、わかった」と言って僕の自転車に乗り始めたが、幸いすぐに症状が出たので30mも走らないうちに戻ってきて、チェーンリングとスプロケットと、できればチェーンも交換した方がいいと言った。なにせ2007年5月にこのMTBを7万円台で買って以来、ハンドル、ステム、サドル、ペダル、チェーン、タイヤ以外は交換していないんだから仕方がない。工賃込みで220NZDは痛いが、僕は自転車でニュージーランドを旅しているのだから、バンジージャンプ1回に1万円以上使うよりは10倍マシだ。



それにしても今頃になってパーツを交換するくらいならクロムウェルで交換しておくべきだった。去年まではロードバイクでの日帰りツーリングが主体で、MTBはほとんど11月~2月の寒い時期の週末しか乗らなかったが(それも毎週ではない)、今年はこれに20kg以上の荷物を積んで、北海道を5分の4周した。本当はニュージーランドに来る前に交換しておくべきだったのだ。もう1カ月以上もフロントのミドルギアがまともに使えない状態で旅を続けてきたのだが、常にアウターかインナーで走り続けるのはやはり辛かった。ニュージーランドは細かいアップダウンが延々続く区間が多いので、そういう場所ではずっとフロントミドルで走るのが一番楽だったと思う。ニュージーランドは自転車先進国だから、そこそこ大きな町に行けば日本で言うところの「プロショップ」が必ず存在するので交換するチャンスはいくらでもあったのに、僕は本当にバカだった。

フロントギア2枚とスプロケとチェーン交換完了!


これがレシート。マウント・クックの近くで会った日本人サイクリストのタツローさんは、海外旅行保険で自転車の修理代も返ってくると言っていたけど、僕の海外旅行保険はどうなってるかな?(たしか一番安いプランにしたような覚えが…)


自転車屋に行ったのが13時過ぎで、15時に引き取りに来てくれと言われていたので、その間に観光案内所を訪ねて翌日のネルソン行きのバスを予約した(今までのバス会社とは違って宿には迎えに来てくれないようだ)。6時45分のバスと12時15分のバスがあるが、明日の朝はアキナさんお勧めの「タタ・ビーチ」に行ってみたかったので(なにせこの町に来てから僕はまだ海を見ていない)、午後のバスにした。運賃は32NZD+自転車運搬代10NZD+観光案内所の手数料2NZDで計44NZD。昨日9時間以上かけて自走した区間を2時間半ほどで移動する料金が44NZDか…。

16時半頃から近くにある「ププ・スプリングズ」と呼ばれる泉を見に行った。アキナさんは自転車で20分くらいかなと言っていたけど、途中から小雨が降ってきて向かい風まで強くなってきたので、かなり長く感じた。



どこまでも透明な水がこんこんと湧いているププ・スプリングズ。iPhoneのカメラでそれを伝えるのは無理があるが、「地球の歩き方」に載ってる写真を見るとさすがプロのカメラマンは上手く撮ってるので行きたくなって来てみた。


宿に戻ってくると、アキナさんもイタリア人スタッフの女の子とフランス人宿泊者の男性(48歳で地理の教師だと言っていた)と一緒にちょうどサイクリングから帰ってきた。3人で洞窟を見に行ってきて、かなり良かったらしい。


今夜のディナーは2.30NZDのビーフステーキと、パン1個と、小さいリンゴ3つとNZビール。


夕食後はダイニングルームでビールを飲みながら時々アキナさんとしゃべり、他には同室のイギリス人、ガレス君と話をした。ガレス君は2005年から3年間、東京の英会話学校で講師をしていたらしく、「日本を離れてからすっかり日本語を忘れてしまった」と言っていたけど、そんなことはなくてまだけっこう覚えていた。しかも来年からまた東京に行くらしい。

前夜は1時頃に寝て今朝は5時過ぎに起きたので、22時過ぎにはもう眠たくなり、シャワーを浴びて、iPodでまた落語を聴きながら寝た。

サイクリングから帰ってきたアキナさん
サイクリングから帰ってきたアキナさん

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Author:天五
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1967年滋賀県長浜市生まれ。05年11月、38歳で健康のためにクロスバイクを買ってサイクリングを始めるや自転車の魅力にのめりこみ、06年3月にはロードバイク、07年5月にはマウンテンバイクも購入。「速くなくてもいい、ただ遠くへ行きたい」をモットーに、ツーリングやポタリングを楽しむ日々を送っている。高校卒業後、1986年4月~2011年5月に渡る24年2カ月の大阪生活を終え、6月1日より長浜市民に戻ったばかり。

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